毎日がワーケーション!人生で下した決断の中で最も正しかった選択|Forbes JAPAN

ここ1年で移住者が急増している軽井沢。軽井沢に移住・二拠点居住された方々にインタビューし、彼らの新しいライフスタイルを通じ、将来のリゾートテレワーク・ワーケーションを予測していく。
この記事は2021年2月8日にForbes JAPAN Webサイトに掲載された記事を一部編集したものです。Marisol ONLINEとForbes JAPANはメディアパートナーとして相互提携を行っています。

幼少から大学までずっと海外で過ごされた浅生亜也さんにインタビューした。幼少期はブラジル、高校・大学はアメリカと長い海外生活とホテル事業を展開されているご経験から、将来の理想的なライフスタイル、ワークスタイルについて聞いた。

浅生亜也さんの軽井沢のご自宅の前
浅生亜也さんの軽井沢のご自宅の前で 雪深くてもJEEPなら安心

鈴木幹一(以下、鈴木):浅生さんが軽井沢に移住されたきっかけはなんでしたか?
  
浅生亜也(以下、浅生):私が軽井沢に移住したのは2016年の夏のことです。2017年まで代表を勤めていた会社の事業所(元旧軽井沢ホテル)がここにあったので、2014年から頻繁に東京と行き来していました。

  

ちょうどその前年に東京ではオリンピック・パラリンピックの誘致が決定し、それに向けて国立競技場の解体工事が始まっていたのですが、すぐそばのマンションに住んでいた私は、解体工事の粉塵でひどい喘息に悩まされ、夜も体を少し起こした状態でなければ眠れないという日々でした。
 
軽井沢との行き来する中で、ふとある日、軽井沢のホテルでは熟睡ができていることに気づきました。他にも色々な理由が重なっての移住なのですが、最終的な決め手は「上質な眠りを得られること」でした。
 
鈴木:軽井沢に来るとよく眠れると皆さん言われています。標高1000メートルの高原リゾートは、居心地がいいのかもしれませんね。色々な理由が重なってとのことですが、他にもどんなことがきっかけになりましたか?
 
浅生:私は2000年初頭の平成不況終盤ごろから、通算20年ほど日本のホテル業界に身を置いています。株価も不動産価値も底をつき、そこに「ハゲタカ」などと揶揄された海外投資マネーが流入してきました。
 
私はその片棒を担ぎ、当時、先駆けでもあった某外資ファンドの下で、日本のホテル不動産を次々と取得し、ニューマネーを投じてバリューアップする再生事業に携わり、わずか3年半で23軒ものホテルを手掛けました。気温差20度の沖縄から北海道までを年中出張で飛び回る毎日でした。
 
その後、2007年に独立し、アゴーラ・ホスピタリティーズを立ち上げました。私が退任後の同社は少し方向性が変わりましたが、当初は地方のリゾートホテルや旅館の運営再生をコア事業としており、在任期間10年で13軒を運営するグループになりました。この間もホテル現場への出張続きで、年間250日はスーツケースをゴロゴロ引っ張っているのが日常でした。
 
こうなると、もはや東京に帰ってくる理由が見つからない。帰る家は何も東京になくても良いのではないかと考えるようになっていました。 

 

浅生:もう一つのきっかけは、5年ほど前に休暇を取って伯父が闘病していたスウェーデンのストックホルムを訪れたことです。伯父を見舞った後、夫の友人からの誘いで街から少し離れた郊外で残りの休暇を過ごしたのですが、そこはいわゆる田舎町。「村」と言ってもいいほど長閑なところでした。長年スウェーデンに住んでいた伯父も毎夏サマーハウスで過ごしていましたが、この友人は自分の手で建てたサマーハウスが自慢でした。
 
その数なんと10軒! それらを気分によって使い分け、友人を招待し、週末を過ごすというとても素敵な日常を送っていました。私たち夫婦も彼が建てた湖畔の一軒に滞在しましたが、湖に沈む北欧の夕焼けを見ながらシャンパンを傾け、いつかこんな風に暮らしたいとうっとりしました。

そんなライフスタイルへの憧れと同時に、それが一つの目標になりました。考えてみれば、その友人は世界中を飛び回るスウェーデンの国交省の役人。彼は最先端の仕事をバリバリこなしながらも、この田舎の拠点と世界の主要都市を縦横無尽に飛び回っていました。こんなライフスタイルがあるのかと、そのしなやかさに驚きました。軽井沢に引っ越したのはこの半年後でした。

鈴木:軽井沢に移住してみてどうですか。一番大きなライフスタイルの変化は何ですか?

浅生:とても満足しています。一度も後悔したことがないのです(笑)。よく同じ質問をされるのですが、「私がこれまでの人生で下した数々の決断の中で『最も正しかった』と言い切れるのが軽井沢への移住です」と答えています。

  

都会でどれだけの生活騒音に慣らされていたのかと気付かされるほどの静寂や、季節の移ろいをちゃんと感じながら生活していることなど、環境が変わったことで体調がよくなったのは当然なのですが、囲まれている自然の中で心身ともに浄化されたような気がしています。

そして、なにより軽井沢は明治時代のサロン文化にはじまり、時代を超えて引き継がれてきた「カルチャーキャピタル」と、別荘族を中心とした「ソーシャルキャピタル」の高さが魅力です。移住してからは、交流の幅が一気に広がりました。

一見、夏や大型連休にあちこちで開かれるパーティーが軽井沢のイメージでしょうが、こういった社交だけではなく、別荘を持つ多様な人が組織や立場を超えて社会課題を議論したり、アートや音楽の支援活動をしたりするなど、軽井沢のコミュニティを通して、私自身の社会への関わり方や選択肢が広がりました。

軽井沢のご自宅で、会社のメンバーとBBQ
軽井沢のご自宅で、会社のメンバーとBBQ

鈴木:軽井沢で様々な方々と議論や文化支援活動をされるのは素晴らしいですね。ワークスタイルにも変化がありましたか?

浅生:移住した半年後に代表職を退任し、半年ほどの自主的サバティカル休暇を取ったんです。この貴重な時間を軽井沢というノイズレスな環境で過ごせたのはとても有意義でした。

そして、2017年の秋に2度目の起業であるSAVVY Collectiveを創業しました。立ち上げる際、私自身が軽井沢をベースに働けるように会社の在り方を優先しました。そのため、当社は最初からオフィスを持たず全員リモートワークです。テレカンを行い、社内SNSで日常の会話をし、1〜2カ月に一度のペースで会食をしながら互いのエンゲージメントを高めるというスタイルです。

そのため、コロナ禍の自粛期間も私たちの日常のワークスタイルは全くと言っていいほど変わらず、困ることもなかったくらい。私に至っては毎日がワーケーションです(笑)。

 

鈴木:「毎日がワーケーション」、素晴らしいライフスタイルですね。最初に浅生さんと軽井沢でのワーケーションの推進について話したのは2016年で、起業された頃ですよね。

浅生:そうですね。私は10年近く観光業界のダボス会議と言われているWiT(Web-in-Travel)を日本で主催しているのですが、「ワーケーション」という言葉は既に2012年ごろからそのカンファレンスで議論されていました。日本ではとかく会社の制度に照らし、有給扱いになるのか? とか、交通費は誰が負担するのか? と言ったつまらない議論になっていますが、ワーケーションは世界レベルで起こっている新しい働き方や、新しい旅のあり方の話なんですよね。

そして海外では、これに個人の幸福度や仕事そのものの生産性といったKPIがセットで語られます。日本ではローカルコミュニティとの関係人口の創出などの文脈が加わってきますが、それも意味のあるKPIだと思っています。

鈴木:ワーケーションを今後日本でも広げていくためには、何がポイントになるでしょうか?

浅生:ワーケーションの市場にはとても大きな経済的ポテンシャルがあります。特に観光業界においては、これまでなかなか進まなかった地方活性化や分散休暇などの取り組みが解決できると考えるからです。なので、広がるかどうかという潮流を読み取るのではなく、むしろ促進していこうというのが私の目下の取り組みです。

 

鈴木:具体的にはどのような取り組みなんですか?

浅生:ワーケーションを単なる経済活性化の「手段」として捉えてはダメだと思うのです。
ゴールは、ワーケーションやテレワークといった言葉で区別しなくても、場所や時間に捉われないしなやかな働き方や、人生のハンドルを握る能動的な生き方は心身の豊かさにつながるのだ、と自覚する社会にしていくこと。そう志向することは当たり前だと考える社会になることです。コロナ禍で強制的働き方改革が起こったのはチャンスですよね。ゴールに近づく大きな一歩になっています。

鈴木:浅生さんが移住されていることこそが、このワーケーションやテレワークの促進には役立ちそうですね。

浅生:私がこの軽井沢に住み、事業を行い、多拠点を自在に移動するライフスタイルを送ってきたのは、自分に課した実証実験だったようにも思います。これまでSNSを通して四季の様子や軽井沢のライフスタイルを赤裸々に公開してきました。ここの風景は“映える”ので、私に限らず発信された様々な情報を目にして、軽井沢に行きたい、ライフスタイルに触れたいと憧れる人は少なくないと思います。

 

五感が刺激される緑の中の浅生亜也さんの軽井沢のご自宅
五感が刺激される緑の中の浅生亜也さんの軽井沢のご自宅

鈴木:コロナ禍で軽井沢への移住者が急増した要因は何だと思われていますか?

浅生:密でなく、感染が防げて、都心へもアクセスがいいことでしょうか。自然環境の豊かな土地は他にもあります。それでもこの軽井沢の人気が沸騰したのは、ライフスタイルが魅力的だからだと思うのです。

旅の目的地を決めるとき、テーマパークに行きたいとかイベントに参加したいという動機もあるかもしれませんが、やはり異文化に触れたいとか、その土地の生活の営みを垣間見たいと考えるのではないでしょうか? 「住まうように滞在する」という素敵なフレーズが生まれる背景にもそういうモチベーションがあるからだと思います。

少し遠回しで逆説的かもしれませんが、詰まるところ豊かなライフスタイルが溢れているところは、魅了的な旅のデスティネーションになると考えているんです。

鈴木:それはまさに浅生さんの会社のビジョンですね。

浅生:はい。「豊かな日常で溢れる美しい日本」を創ることをビジョンに掲げています。

リモートワークの促進でどこからでも仕事ができるようになると、地方移住が進みます。自然環境が素晴らしい地方なんて日本中いくらでもあります。日本中に魅力的なデスティネーションになるポテンシャルがあるんです。

鈴木:リモートワークが当たり前の社会では、企業の形も変わりますよね。

浅生:すでに、この1年弱のウィズコロナの中で表面化していますよね。リモートワークが続くことで企業は社員のエンゲージメントを高める対策や工夫が必要になってきます。昨年10月に東京都のGoToトラベルキャンペーンが解禁になった直後、企業が合宿や研修で社員を集めたり、郊外や地方にサテライトオフィスを設置するなど活発な動きがありました。

当社は、妙高髙原に山岳リゾートLIME RESORT MYOKOや、箱根にLIME RESORT HAKONEという貸切可能な共創型リトリートホテルを運営しているのですが、その頃堰を切ったように問い合わせがありました。私は今後、この複数人での共創型ワーケーション=「コワーケーション(Co-Workation)」の需要も平行して伸びると思っています。

鈴木:それはまさに浅生さんの会社のビジョンですね。

浅生:はい。「豊かな日常で溢れる美しい日本」を創ることをビジョンに掲げています。

リモートワークの促進でどこからでも仕事ができるようになると、地方移住が進みます。自然環境が素晴らしい地方なんて日本中いくらでもあります。日本中に魅力的なデスティネーションになるポテンシャルがあるんです。

鈴木:リモートワークが当たり前の社会では、企業の形も変わりますよね。

浅生:すでに、この1年弱のウィズコロナの中で表面化していますよね。リモートワークが続くことで企業は社員のエンゲージメントを高める対策や工夫が必要になってきます。昨年10月に東京都のGoToトラベルキャンペーンが解禁になった直後、企業が合宿や研修で社員を集めたり、郊外や地方にサテライトオフィスを設置するなど活発な動きがありました。

当社は、妙高髙原に山岳リゾートLIME RESORT MYOKOや、箱根にLIME RESORT HAKONEという貸切可能な共創型リトリートホテルを運営しているのですが、その頃堰を切ったように問い合わせがありました。私は今後、この複数人での共創型ワーケーション=「コワーケーション(Co-Workation)」の需要も平行して伸びると思っています。

軽井沢

浅生さんとは、軽井沢の将来、新しいビジネスプラン、リゾートテレワークの普及、豊かなライフスタイルの実現など意見交換をよくしています。幅広い視野、明確なビジョンをお持ちですので、打ち合わせが毎回とても刺激的になります。
 

最近、軽井沢には、浅生さんのようなグローバル経験の豊富な移住者が増えてます。彼らが、広域軽井沢エリアの多種多様な方々と交わることで、イノベーションの誘発、エリア全体の価値創造が活発になるでしょう。今後、広域軽井沢エリアがますます魅力になっていくと確信しています。」

 

浅生亜也●1968年大阪生まれ。英国国立ウェールズ大学経営学修士。1990年に南カリフォルニア大学音楽学部ピアノ学科卒後、演奏家として活動をする傍ら、ホテル業界に転身。1998年に20年ぶりに帰国。一度ホテル業界を離れ米国公認会計士資格(CPA)を取得し、監査法人トーマツやPwCで会計監査及び業務プロセスコンサルティングに従事。2001年よりスペースデザイン、イシンホテルズグループで50軒近いホテルやサービスアパートメントの運営に従事。2007年にアゴーラ・ホスピタリティーズを創業、国内13施設のホテル・旅館を展開。2017年3月に退任。同年SAVVY Collectiveを創業。ホテルの開発およびマネジメントを手がけながら、経営戦略やペルソナ戦略をベースとしたマーケテイング戦略の分野で教鞭を取る。2020年、同社の新事業としてAnyWhereとの共同出資により豊かなワークスタイルを追求するPerkUPを起業。

鈴木幹一

鈴木幹一

(株)読売広告社で本社営業統括補佐、エステー(株)で取締役を経て、現在は信州大学社会基盤研究所特任教授(ウエルネス・ライフスタイル学)、一般社団法人日本ワーケーション協会特別顧問、、一般社団法人軽井沢ソーシャルデザイン研究所代表理事、一般社団法人軽井沢日仏協会副会長、軽井沢リゾートテレワーク協会副会長、長野県小諸市政策アドバイザー(ウエルネス・ライススタイル分野)、軽井沢しらかば会会長。ムッシュテタンジェ、シャンパーニュシュバリエ、フランスチーズ鑑評騎士の会シュバリエ。軽井沢リゾートテレワーク歴22年。立教大学大学院ビジネスデザイン研究科博士課程前期課程修了(経営管理学修士)、同博士課程後期課程単位取
文=鈴木幹一

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