望まない改姓は「社会的な死」 選択的夫婦別姓を阻む、日本の事情|Forbes JAPAN

選択的夫婦別姓の法改正への議論が活発化している背景とは?自分の姓に選択肢を持つことの意義とは。
この記事は2021年5月22日にForbes JAPAN Webサイトに掲載された記事を一部編集したものです。Marisol ONLINEとForbes JAPANはメディアパートナーとして相互提携を行っています。

日本では、結婚するカップルのうち、96%は女性側が名字を変えている。夫婦同姓を義務付けている国は、日本だけだ。そんななか、ビジネスリーダーからも選択的夫婦別姓の早期実現を求める共同声明が出るなど、法制化への議論が活発化している。
 
「選択的夫婦別姓・全国陳情アクション」の事務局長である井田奈穂さんに、U30世代のための政治と社会の教科書メディア『NO YOUTH NO JAPAN』のメンバーが、選択的夫婦別姓の法制化や、自分の姓に選択肢を持つ意義について聞く。

 

好きな人と結婚したいと思った時、このままではどちらかが姓を変えなければならない。改姓の手続きは、精神面にも、キャリアにも大きな負担になる。これまで何十年も認められてこなかった選択的夫婦別姓は、どうしたら法制化されるのか。

 

望まない改姓は「自分の尊厳を捨てる社会的な死」

 
NO YOUTH NO JAPAN三村紗葵(以下、NYNJ三村):井田さんにとって、実際に結婚して姓を変えること、または変えなければならないということは、何を意味しますか。
 
井田奈穂(以下、井田):私は2回改姓をしているのですが、どちらも望まない改姓でした。初婚の時、夫になる人に私は名前を変えたくないと言うと、妻の名字になるなんて恥ずかしいと言われました。当時は自分の氏名を名乗るのは基本的人権であるといった知識がなかったので、仕方がないと思って変えましたが、慣れませんでした。自分が思っている自分の名前と違う名前で呼ばれ続けるのは、学校で望まないあだ名をつけられて、ずっとそれで呼ばれるような気持ちで、違和感がありました。
 
夫側の家から〇〇家の嫁と呼ばれることにもとても違和感がありました。私は名前を変えざるを得ないから変えただけだったのに、生まれた家から夫の家に譲渡されたように扱われることがショックでした。親戚の集まりに行っても、女性が立ち働くのが当たり前。酒に酔った親族男性にセクハラされるなど、自分はモノみたいに扱われている気分でした。改姓をしていなかったら「うちの家に入った嫁」という意識にはならず、違う扱いを受けていたのだろうか、と思いました。
 
2度目は40代での再婚だったので、改姓のために必要な手続きの量があまりに多く、とても苦痛でした。改姓手続きは遠方から戸籍謄本を一つ一つ取り寄せ、書類を書くなど大変な作業で、とても時間がかかります。望まない改姓は、穴を掘って自分の尊厳を埋めて土をかけているような気持ちになります。自分の姓を変えることは、社会的に一度死んで、もう一度別人に生まれ変わることなのだと実感しました。
 

法制化が進まない根幹は家族国家観

 
NO YOUTH NO JAPAN続木明佳(以下、NYNJ続木):世論では選択的夫婦別姓への賛成が過半数を占めており、先進国で認められていないのは日本だけですが、未だに法制化はされていません。これはなぜでしょうか。

井田:私も疑問で地元議員に聞いてみると、女性が男性と同じ権利を持っていることを国民が知ってしまうと、女性天皇が生まれる機運が出てきてしまうという意見があるそうです。とても驚きました。

2020年3月、自民党本部・女性議員飛躍の会の勉強会で。選択的夫婦別姓について賛同する議員も増えている一方で、反対派もいる。
2020年3月、自民党本部・女性議員飛躍の会の勉強会で。選択的夫婦別姓について賛同する議員も増えている一方で、反対派もいる。

これは、明治政府がプロパガンダとして流布してきた「家族的国家観」(戸主と家族の関係を天皇と国民の関係になぞらえた考え方)に基づく意見です。日本にはもともと結婚改姓をする文化風習はありません。まず明治8(1875)年に国民全員が名字を名乗るよう義務付けられたのは徴兵のためでした。そして明治31(1898)年に民法で、社会の基礎単位を戸主(家長)が統率する家族として、一つの家族には全員同じ名字をつけるという制度が始まりました。
 
家制度の始まりです。性別や生まれ順で家庭内序列が決められ、長男が戸主となって指導をして、次男以降や妻子には財産権もなく、人生の自己決定権がほぼ与えられない法律でした。
 
「家族的国家観では家族は社会の最小単位であり、戸主が率いる家族を統率するのが村や郡の長、そして一番上に君臨するのが天皇である」、というピラミッド型社会を理想としています。明治政府は家制度と教育勅語などを通じて、天皇が父、皇后が母、私たちは臣民、子供たちとして奉仕をする立場であり、国のために命を捧げ、自我を捨てて服従する立場である、という思想を浸透させました。
 
しかし戦後、家制度は廃止。憲法24条によって婚姻は両性の合意のみ基づいて成立し、両性の平等など個人の尊厳が定められました。名字の規定だけは「家族の秩序が乱れる」として、絶対に家制度のままがいいという人が一定数いました。家父長制という、男性が上に立ち、女性が従属的であるべきだと考える人が政界にもい続けているんです。その人たちの中では、名字を女性に与えて、女性が個人として権利を持ってしまうと、男性の統率がきかなくなり、女系天皇も存在していいのではないかという危険な考えが生まれる、と考えるのです。
 
しかし、それは宗教観に近い観念で、現代ではストレートに言うことはできないから「家族の絆が壊れる」「子どもがかわいそうだ」という表現にすり替えて、120年間ずっと法改正を阻んできたのです。
 
名字が違うから家族の絆や一体感が生まれないということは、世界中どこの国でも証明されていません。親が生まれ持った氏名で子育てしたからといって、子供がかわいそうだという社会的なデータもありません。活動をする中で、反対議員の議論はあきれるほど根拠がなく、女性蔑視や感情論に基づいていることを実感しています。
 
これに対して、私たちが人権や法の下の平等をきちんと理解し、求めていかなければいけないと思っています。
 
NYNJ続木:私たち一般市民からするとそれはおかしい論理だとわかっているはずなのに、変わらないのがとてももどかしいですね。

 

井田:そうですね。この問題は、全ての女性蔑視や性差別に通ずるところがあります。1人の人間として同等に人生の選択肢を持ち、自分の望む氏名を名乗る権利を持つということは、全てのジェンダーギャップを解消していく第一歩です。他の国では何十年も前に認められていることなのですが、日本はまだ第一歩も踏み出せていないのです。
 
最近では、選択的夫婦別姓に賛成の声が大きくなってきたので、反対する議員たちは「(婚姻前の氏の)通称使用の拡大」を主張して、議員連盟を立ち上げています。旧姓を通称としてより多くの場所で使用できるようにするという意見ですが、それでは必ず限界が来ます。通称は法的根拠がないので、契約や海外渡航、登記など、旧姓が使えない場面は必ずあります。そのどちらも混在した状態では、社会生活を送る上で、結局使い分けをしなくてはならず、本人にとっても、企業や行政にとっても負荷になります。

  

それならば、望む人だけに改姓を認めるべきです。ですから、旧姓使用を拡大すればいいという議論にだまされてはいけません。あなたたちに名前を名乗る権利はないが、旧姓をあちこちで少し名乗れればいいでしょう、限定的な通称で満足しなさい、どうせ家長ほど責任のある立場にはならないのだからという意見なのです。
 
2001年の段階で、内閣府の会議で、旧姓の通称使用はコストをかけて混乱が起こるごまかしの施策だという提言が出ています。職場での名前国や地方自治体では莫大な予算をかけて住民票やマイナンバーに旧姓を併記できるようになりましたが、私たちはそれでも旧姓のみで新規口座を作ったり、海外に渡航したりすることはできません。自分の名前が法的にどこでも通用する法律にすることが大切なのです。

 

選択的夫婦別姓の早期実現を求めるビジネスリーダーの共同声明に賛同する経営者ら
選択的夫婦別姓の早期実現を求めるビジネスリーダーの共同声明に賛同する経営者ら

影響力を持つ政財界への働きかけ

 

NYNJ三村:井田さんたちが今年4月から始めた「選択的夫婦別姓の早期実現を求めるビジネスリーダー有志の会」の活動について教えてください。
 
井田:選択的夫婦別姓の法改正には、自民党の議員がキーとなっていますが、多くの自民党国会議員から「企業や経済界の賛同を得たらいい」とアドバイスをもらいました。それは、経済界が政治のご意見番だからです。企業の経営者や業界団体の方々は税金の使い方について提言をしたり、日々の政策を決める政府機関の委員をしたり、私たちのような一般市民よりも政界への強い影響力を持っています。そのような方に働きかけて業界団体などが動くことで、耳を傾けざるを得ない状況になるというのです。
 
経営者の方々にお話をすると、ジェンダー平等は当たり前になっていかなければいけないのに、選択的夫婦別姓すら認められていないのはおかしいという共通認識がありました。困りごとや負担には、みなさん共感してくれます。経営面から見ても、望まない改姓をさせて二重名字の運用をすることは不自然で、経営上もコストがかかることなのだと実感しました。
 
NYNJ三村:夫婦同姓を義務付ける法律が、男性優位の社会につながっていることがわかりましたが、男性の立場からは、選択的夫婦別姓についてどのような意見があるのでしょうか。
 
井田:私たちのメンバーのうち、3割が男性です。事実婚で、どちらも改姓を望まないカップルや、妻の姓に変えて業務上の不利益を被ったり偏見を受けたりした方などがいます。未婚の方も声をあげています。男性の意識は、若い世代ほど変わってきていると思います。

 

5月13日、埼玉県知事に法改正の要望を手渡した。プロジェクターに映るのは、ビジネスリーダー有志の会共同代表を務めるドワンゴの夏野剛社長
5月13日、埼玉県知事に法改正の要望を手渡した。プロジェクターに映るのは、ビジネスリーダー有志の会共同代表を務めるドワンゴの夏野剛社長

5月中旬に埼玉県知事に法改正の要望を手交しましたが、埼玉県でとったアンケートでは、30代男性の44%が結婚する際に別姓を選びたいと回答しています。結婚の平均年齢は30代で、自分もパートナーも改姓を望まない場合は結婚できないリスクがあります。結婚ができないと、日本では婚外子はさまざまな差別を受けることがあるので子どもを持ちづらく、子どもを産む機会を失うこともあります。法の下の平等によって当たり前にあるべき権利がないことによる不利益に気づき始めた人たちが、動き出しています。

 

自分を否定されない社会のために、バトンはまだ渡したくない

 
NYNJ三村:井田さんが目指すソーシャルグッドな社会とはどんな社会ですか?
 
井田:自分がこうありたいと思う姿を否定されない社会です。ジェンダーロールといって、男性だから、女性だからこうしなければならない、という枠にはまった考え方を押し付けられるのではなく、自分が生きたいように名乗りたい名前で大切な人と家族になれる社会が一番いいと考えています。これは、他の国に比べて日本が一番遅れているところだと思います。
 
私は強制的な夫婦同姓制度を私の代で食い止めて、みなさんが結婚するときには改姓する/しないを自分で選べる社会を受け継ぎたいと思っています。
 
だから、バトンを次に渡すのはまだ嫌なんです。ジェンダーロールから自由になって誰もが生きやすい、みんなで分担できる社会にしていきましょう。
 
NYNJ三村:まだバトンを渡したくないという言葉がとても心に響きました。心強いです。だからこそ、私たち若い世代が一緒に声をあげていくことで、社会全体として変えていけるのではないかと思いました。

 

若者とも意見を交わす機会が多いという井田奈穂さん。U30の私たちに伝えたいことは何か。
若者とも意見を交わす機会が多いという井田奈穂さん。U30の私たちに伝えたいことは何か。

井田:若い世代の人たちが声をあげて「自分が望む日本の未来はこうなんです」「私たちはこれを変えてくれなければこの国ではやっていけない」ということを主張すると、政治家の意見も変わっていくと思います。自分が望むように結婚できなければ少子化にもつながりますし、国力も削がれてしまいます。実際に海外への頭脳流出も起こっています。
 
そういうことを気づかせるのは、当事者の声です。選択的夫婦別姓の法改正は、秋の衆議院選挙の争点にもなりますし、最高裁判所の判決も出る予定です。法改正されるか、されないか、ターニングポイントは今年の秋なので、恐れずに自分の声を出して伝えてほしいです。
 

 

取材を終えて

 
選択的夫婦別姓という当たり前にあるべき権利がない背景に、明治時代から続く家族国家観や女性天皇に関する議論があるということに大変驚きました。120年間もの間認められてこなかったという事実を、もう看過することはできません。そして、最も問題なのは世論が政治に反映されていないことだと強い危機感を感じました。一部の人が持つ考え方によって、社会の多くの人が不利益を被っている現状に疑問を覚えます。私たちが生きていく社会に必要な権利を私たちの将来のために求めたい、そのために声をあげたいと強く思いました。

 

 

井田奈穂◎選択的夫婦別姓・全国陳情アクション事務局長。

IT企業の会社員として勤務する傍ら、2018年にTwitterを通じて出会った当事者と、国会および地方議会へ法改正を訴える活動を開始。北海道から沖縄まで現在260名超のメンバーとともに72件(2021年5月時点)の意見書を国会へ送り、法改正に向けて当事者の声を届けている。

 

文=三村紗葵(NO YOUTH NO JAPAN)
NO YOUTH NO JAPAN

NO YOUTH NO JAPAN

U30世代のための政治と社会の教科書メディア
Instagramを中心にU30世代のための政治や社会の教科書メディア(@noyouth_nojapan)を運営。2019年7月参議院選挙の際、若い世代の投票率を上げるためにアカウントを開設し、どの政党も応援しない中立な立場で選挙に関する情報を発信。社会問題や政治について解説を続け、現在フォロワー約5.5万人。
その他にも、「若者が声を上げ、その声が響く社会」をビジョンに掲げ、U30世代が政治や社会について知ってスタンスを持って行動するための入り口づくりを実践。イベント運営や地方選挙での投票啓発、政治家と若い世代の対話の場づくりに取り組み、大学生を中心に、全国の10代・20代約70名で活動している団体。

What's New

Read More

Feature

Ranking