がん、子育て、更年期…「タブー視されている生きづらさ」をなくしたい|Forbes JAPAN

生きづらさを抱える人たちが苦しまずに活躍できる社会は、どうすればつくれるのだろうか
この記事は2021年5月30日にForbes JAPAN Webサイトに掲載された記事を一部編集したものです。Marisol ONLINEとForbes JAPANはメディアパートナーとして相互提携を行っています。
中西知子さん(左)と北風祐子さん(右)
中西知子さん(左)と北風祐子さん(右)

「乳がんの啓発なんて絶対無理」と言われていた。それにもかかわらず、2000年代初頭に日本でも広がり始めたピンクリボンは、今や誰もが知る運動に成長していった──。

電通の北風祐子さんと、朝日新聞でピンクリボンプロジェクトを立ち上げた、朝日新聞メディアラボプロデューサーの中西知子さんに、がんサバイバーが前向きに働き続けられる組織づくりのポイント、そして「生きづらさ」を取り除くために二人が行なっているアクションについて語ってもらった。

 

がん患者の生きづらさをつくる「アンコンシャスバイアス」

 

──今年4月、北風さんと同じ電通の社員であり、ステージ4の肺がんを抱えていた御園生(みそのう)泰明さんがご逝去されました。がんサバイバーのための活動「LAVENDER RING(ラベンダーリング)」を立ち上げるなど、精力的に活動されていた御園生さんに対し、お二人はどのような印象を抱いていましたか?
 
北風:強くて、優しくて、かっこいい人でしたね。自分自身がきつい治療を受けていて、体調は相当悪かったはずなのに、「がんになった人もならなかった人も、みんなが生きづらさを抱えずに生きていける世の中にしたい」という強い想いを持って活動されていました。
 
中西:御園生さんには、弊社の運営するネクストリボンプロジェクト(※)イベントに登壇をして頂きました。根治は叶わない状況にありながら、「理解のある上司のおかげでがんをオープンにして働けている」と、周囲への感謝を述べていた様子が印象に残っています。(※「がんになっても、安心して働き、暮らせる社会」「がん検診を受けるのが当たり前の社会」を目指す朝日新聞社主催のプロジェクト)
 
北風:私が仕事に復帰したあと、御園生さんは掲載前の原稿を読んでくださり、丸ごと受け止めてくれました。私は自分のことで精一杯でしたが、御園生さんは、がんサバイバーのための活動をすることで、自分自身が幸せを感じるのだと話していました。そんな御園生さんに強い力を感じ、何か力になりたいと思いました。
 
彼の「がんを抱えて働いている人が安心して語り合える場をつくりたい」という言葉を聞き、「LAVENDER CAFE」(ラベンダー・カフェ)という社内プロジェクトを立ち上げ、約3年間にわたって運営してきました。がんに関して一人で悩んでいる人を少しでも減らすために、社内のがんサバイバーとそのサポーターが集まるイベントです。
 
がんは治療法の進歩により、昔に比べると5年生存率は遥かに改善しました。しかし、いまだに多くの人が「がん=死」というイメージを抱いているため、社内で差別的な対応をされてしまうケースが少なくありません。がんになった人の34%が依願退職、解雇されているというデータもあります(2013年静岡がんセンター調べ)。がんに対するアンコンシャスバイアスが、がんサバイバーを生きづらくしてしまっているのです。

 

──「がんに対するアンコンシャスバイアス」とは、どのような形で現れるのでしょうか。
 
北風:よくあるのが、職場で「がんになりました」と上司に報告すると、その上司が良かれと思って、「無理しなくていいよ」「ストレスのせいだから無理しちゃダメだよ」といった言葉をかけてしまうケースです。悪気はなかったとしても、本人の同意なく仕事を減らされると、部下は一気にパワーを失ってしまいます。

 

北風祐子さん
北風祐子さん
反対に、「一緒に頑張ろう」「話してくれてありがとう」といった言葉をかけてもらえると、がんを抱えながらも前向きに働き続けようと思えるのです。上司に「がんになりました」と伝えたとき、最初にかけてもらう一言でその後の働き方は大きく変わる。これは、「LAVENDER CAFE」で実際に話を聞いた複数のがん経験者から教わりました。
 
中西:本人に悪気がなくても、優しさから言った言葉が相手を傷つけてしまうことは多々ありますよね。
 
がんサバイバーを生きづらくさせないため大切なのは、周囲の人が、「自分には『がん=死』という思い込みが少なからずある」と自覚することです。特に部下を持つ方は、がんを打ち明けられたときにきちんと反応できるか訓練しておいたほうが良いですね。実際にネクストリボンプロジェクトでは、「部下にがんと言われたら、あなたはどうする?」という管理職研修を立ち上げてきました。
 
北風:私も「LAVENDER CAFE」の活動からヒントを得て、アンコンシャスバイアスをなくす社内研修を人事部と連携して実施しています。第一回を先日実施したところ、かなり反応が良かったので、次回は同じくアンコンシャスバイアスに苦しむ「育休明け社員」への対応をテーマに研修を開催する予定です。
 

「べき」が日本の幸福度を押し下げている

 
──がんを抱える人を生きづらくしてしまっている要因の一つに、がんに対する周囲の思い込みがあるのですね。
 
北風:そう思います。がんに限らず、「育児や家事ははこうあるべき」「仕事はこうあるべき」というように、世の中に「べき」が増えるほど生きづらさは増します。全部「べき」のようには絶対にできませんから。
 
中西:私も同じ意見です。日本の幸福度が低いのは、何においても「べき」が多すぎて、自分の物差しで生きていけないからではないでしょうか。「私はこうしたい」というそれぞれの物差しが受け入れられる社会になれば、もっと生きづらさを感じずに済むと思いますね。
 
北風:私は正直、病気になる前はあまり「生きづらい」と思ったことはありませんでした。辛いと思う前に戦う性格で、就職してからの25年間ずっと突っ走ってきたので。
 
でも、病気になったおかげで、「生きづらい」感覚が初めて理解できたんです。どうにもならない、答えが見つからないという状況に陥った人の気持ちが本当によくわかった。もしかするとそれまでは、「生きる」ということすらよくわかっていなかったかもしれません。
 
中西:なんとなくその感覚はわかるような気がします。
 
北風:すると、自分の周りの生きづらそうにしている人たちが見えるようになりました。例えば子育て中のメンバーは、子育てのゴールデンタイムである18時から22時の間に打ち合わせが入ると困ってしまうわけです。かと言って、気を遣われて自分だけ外されても辛い。一見小さなことですが、それが積み重なると生きづらくなる。そういう苦しさを理解できるようになりました。
 
振り返ってみると、私自身も子育てをしながら働くのはものすごく大変でした。生きづらさを抱えながらも、なんとかやりくりしてきたのだということにようやく気づいたんです。
 

100%の力で働き続けられない時期は、誰にでも訪れる

 
──生きづらさを抱える人たちが苦しまずに活躍できる社会は、どうすればつくれるでしょうか。
 
北風:会社であれば、メンバーが悩みを抱えていたらマネジャーがそれに気付けることが大切です。マネジャーがメンバーの様子にしっかりと目を向けられない組織は、まるで土地が枯れていくように力を失っていきます。
 
中西:弱さを当たり前に受け入れられる人を育てていく必要がありますよね。かく言う私も、実はつい最近まで、「自分はいつも100%の力で仕事ができる」と思い込んでいました。ところが3年ほど前に精神的に落ち込んでしまい、今まで通りに働けなくなってしまったんです。「どんな人でも全力で働き続けるなんてありえない」ということに、初めて気が付きました。

 

中西知子さん
中西知子さん

仕事をセーブせざるを得ない時期が訪れるのは、子育てをする人だけではありません。親の介護が必要になるかもしれないし、自分が病気になるかもしれない。性別や年齢にかかわらず、誰にでも100%の力で生きていけない時期は訪れます。まずはそれを全員が理解すること。組織マネジメントは、その前提で行われる必要があります。
 
北風:仕事の量を多くこなすことはできないかもしれないけれど、それでも無理のない範囲で役に立てることはきっとある。「弱っている人は何もしないで」ではなく、できることをお互いに補い合える関係性ができるといいですね。
 
中西:弱さに関して私が今気になっているのは、更年期。私もかなり辛い思いをしましたが、更年期の辛さをオープンにできる雰囲気は、まだないような気がしています。このような“タブー視されている生きづらさ”にアプローチすることによって、誰もが自分らしく生きられる社会をつくっていければと思います。

 

 

北風祐子◎電通第4CRプランニング局長

1992年東京大学文学部社会心理学科卒業、電通入社。2008年電通初のラボであるママラボを創設。戦略プランナーとして各種企画の立案と実施に携わる。2020年5月から現職。フラットでオープンな、誰もが働きやすい世の中の実現を目指している。ピンクリボンアドバイザー中級。Forbes JAPAN Webにて自身の乳がん闘病体験を綴った〈乳がんという「転機」〉を連載。

著書:『インターネットするママしないママ』(2001年ソフトバンクパブリッシング)、『Lohas/book』(企画制作、2005年木楽舎)

 

中西知子◎朝日新聞社メディアラボプロデューサー

神戸大学卒。1992年毎日新聞社大阪本社入社。選抜高校野球、高校駅伝、びわ湖毎日マラソン大会などスポーツイベント運営に携わる。97年朝日新聞社入社。2002年ピンクリボンプロジェクトを立ち上げる。09年ダイバーシティープロジェクト、16年がんとの共生社会を目指すネクストリボンプロジェクトを立ち上げ、プロデュース。13年、社内新規事業コンテストでクラウドファンディング(CF)事業を提案し、15年にCFサイト「A-port」をローンチ。現在は、ビジョン会議サポート事業、社会課題解決型キャンペーン支援事業を手がける。

 

文=一本麻衣 写真=小田駿一
Forbes JAPAN 編集部

Forbes JAPAN 編集部

1917年にアメリカで創刊したビジネス誌「Forbes」の日本版として、2014年6月より「フォーブス ジャパン」と題し新創刊しました。(世界38カ国にてライセンス版を刊行)。「世界から日本に、日本を世界へ」をテーマに、グローバルな視点を持つ読者たちに向け、フォーブス本国版、各国版の記事をキュレーションし、日本オリジナル記事と共に構成。ビジネス、経済、投資、アントレプレナー、ランキングの記事を掲載していきます。フォーブスが取り上げる人物の人生には必ずストーリーがあり、そのストーリーから「未来を切り開くメッセージ」を読者へ届けます。

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