「女なんか」の視線を跳ね返し突き進む、女性騎手の実話『ライド・ライク・ア・ガール』|Forbes JAPAN

騎手のほぼ100%が男性である競馬界で、逆境に立ち向かい、女性ジョッキーとして史上初の栄光に輝いたミシェル・ペインの半生を描く実話ドラマをご紹介。
この記事は2021年6月12日にForbes JAPAN Webサイトに掲載された記事を一部編集したものです。Marisol ONLINEとForbes JAPANはメディアパートナーとして相互提携を行っています。
逆境の中、競馬界の栄光を目指す(C)2019 100 to 1 Films Pty Ltd
逆境の中、競馬界の栄光を目指す(C)2019 100 to 1 Films Pty Ltd

東京オリンピック・パラリンピックの中止を望む世論が高まってきている。競泳の池江璃花子選手に五輪辞退を求める声が集まり、本人がツイッターで苦しい胸の内を明かして反響を呼んだのも、記憶に新しい。

  

池江選手が白血病を乗り越えて五輪代表の座を射止めたのは、4月の初め。医療チームのサポートもさることながら、本人の努力と競技人生に賭ける並々ならぬ情熱がなければ、ここまでの短期間で現役復帰することは叶わなかったはずだ。
 
それを思うと、このコロナ禍だけでなく、いろいろと聞こえてくるオリンピックという巨大イベント事業自体の抱える歪みなども、実に残念なことである。
 
今回は、そんなモヤモヤした気分を吹き飛ばすような快作『ライド・ライク・ア・ガール』(レイチェル・グリフィス監督、2019)を紹介したい。オーストラリア競馬の聖杯、メルボルンカップで、2015年に女性騎手として史上初の栄光に輝いた、ミシェル・ペインの半生を描く実話ドラマだ。
 
監督のレイチェル・グリフィスはオーストラリアの実力派女優で、これが監督デビュー作。無駄のない演出と生き生きしたカメラワーク、俳優たちの好演によって、シンプルながらもキラリと光る作品に仕上げられている。

 

ミシェルは10人兄弟の末っ子。生まれて半年の時に母が亡くなったが、調教士の父パディ(サム・ニール)と、10人中8人が騎手の兄や姉たちに囲まれ、物心ついた頃から自分も騎手となることを夢見ている。

 

(C)2019 100 to 1 Films Pty Ltd
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ミシェルの一番の仲良しは、すぐ上の兄スティービー。ダウン症だが一家の中で一番明るく茶目っ気のある兄を、スティービー・ペイン自身が演じている。

 

(C)2019 100 to 1 Films Pty Ltd
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馬の世話をし、競馬を真似たゲームに打ち興じ、時に喧嘩もありの賑やかな家庭の中で、10人もの子育てに相当苦労してきただろうパディの、酸いも甘いも噛み分けた感のある落ち着きが印象的だ。
 
朝焼けの中、草原を馬で走る幼いミシェルを見守る視線に、末娘への期待が滲んでいる。
 

ミシェルに訪れる最初の躓き

 
10年後、ミッション系のスクールに通いながら、パディからトレーニングを受けるミシェル(テリーサ・パーマー)。才能の煌めきを見せる彼女に、パディは「大事なのは忍耐だ」と諭す。
 
地元のレースに出て優勝した姉ブリジットが、「女はメルボルンに出られない」とか「レースで隙間(前を走る馬と馬の一瞬の隙間に割って入る技術)に入らないと女は臆病だと言われる」などと不満を漏らすシーンは、後にミシェルが味わう女性差別とも響き合っている。

初出場のレースで、女性騎手の控室としてミシェルに準備されたのは、売店の裏の狭い倉庫。最初のうちはぱっとしない成績だったものの、努力を重ねてやっとあるレースで優勝を果たした矢先、ブリジットが落馬により急逝。女性プロ騎手の草分けであり自分の目標でもあった姉を失い、ミシェルに最初の躓きが訪れる。
 
なかなかレースに出させてもらえず焦るミシェルを牽制するパディ。このあたりから、これ以上娘を失う恐怖を味わいたくない父と、しゃにむに階段を駆け上がって行きたいミシェルとの間に、小さな隙間が生まれ始める。
 
「忍耐」ばかり言う父に反発して家を出て、調教士見習いとして働きたいと願い出たコンフィールド競馬場。だが男ばかりのこの世界で女性はまったく相手にされないか、そうでなければ性的存在としか見做されない。
 
皆に無視されてロビーの外に1人で立ち尽くしているシーンを始め、ミシェルがここで味わったあからさまなセクハラを含む性差別は、さまざまな業界で女性が受けてきたそれと酷似している。
 
貴族のスポーツとも言われる競馬において、騎手はほぼ100%男性であり、女性ジョッキーは極めて珍しい存在だ。男の世界にわざわざ入ってこようとする女を見る視線は、決して歓迎的ではない。
 
しかし、それらに対して顔を僅かに歪めつつも決して怯まないミシェルの大きな瞳には、いつか絶対にメルボルンカップに出場するという執念が燃えている。その目標にだけ己の全集中力を向けていこうとする彼女のひたむきさ、ストイックさは、まるでピンと張られた鋼の線のようだ。

(C)2019 100 to 1 Films Pty Ltd
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室内練習用の大きな馬のぬいぐるみに跨って馬の首をユッサユッサさせている、傍目にはちょっと笑えるようなシーンでも、本人は当然ながら至って真剣。
 

ミシェルを襲った試練と手にしたもの

 
密かに心配するパディが世話人としてよこした彼の友人で理解者のジョーンのフォローで、やっと各地のレースの出場権を掴んでいき、メルボルンへの足掛かりとなるG1レースで優勝を果たす。
 
何度か出てくるレースのシーンは、観客目線だけではなく、騎手目線、あるいは馬の目線かと思うような、非常に緊迫したリアリティに溢れるショットが多い。
 
体が触れ合いそうなほど接近し怒涛のように疾走する馬たち、「どけ!」「邪魔だ!」と罵倒し合う騎手たち、蹄に蹴られて細かく舞い上がる緑の芝。まるで観客も、その中の一頭に跨ってレースに参加しているかのような錯覚を覚える、迫力と臨場感だ。

しかし必死の減量で臨んだサンダウン競馬場のレースで、ミシェルは首位でゴールイン後に転倒した馬から投げ出され、頭蓋骨骨折の重傷を負う。
 
ほとんど動かない四肢と大半失われた言語機能。自分のもとに娘を留めておかなかったことをパディは悔やむ。
 
長いリハビリを経て徐々に回復に向かい、自宅で療養するミシェルに、世話をしていた一頭の馬が近づいてくる場面がある。馬の顔のクローズアップに続き、彼女の目からこぼれ落ちる涙、そしてぎこちない動作でやっとその馬に跨る姿は、緊張と同時に深々とした感動をもたらす。この人には馬しかないのだということを、無言のうちに納得させるシークエンスだ。
 
騎手復帰を家族全員が反対する中で、一人だけ彼女の決心を認めたのはパディ。それまで、家を出たミシェルにあえて祝福の言葉をかけてこなかった寡黙な父の、娘への深い理解が滲む。

 

(C)2019 100 to 1 Films Pty Ltd
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厩舎で働き出したスティービーを訪問したミシェルは、怪我から立ち直ったばかりのプリンスオブペンザンスという馬と運命的な出会いを果たす。厩舎の許可を得てプリンスに乗り、波の打ち寄せる誰もいないビーチを駆ける場面は、夢のような美しさだ。

(C)2019 100 to 1 Films Pty Ltd
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プリンスという唯一無二のパートナーを得て再びレースを勝ち抜いていくミシェルを、そばで支え励ますのはスティービー。だがメルボルンカップ出場までには、まだ超えねばならないハードルやハプニングがあった。
 
ついに訪れたその朝、単勝でミシェルに賭けるジョーンや母校のシスターたち、期待と不安混じりの馬主や調教士、あいからわず「女なんか」という視線を投げる厩舎関係者など、さまざまな人々が注視する中で、己のすべてを賭けた戦いに武者振るいするミシェルの、射るような瞳の強さに胸を揺さぶられる。

 

「女なんか」の視線を跳ね返し突き進む、女性騎手の実話『ライド・ライク・ア・ガール』|Forbes JAPAN_1_7

『ライド・ライク・ア・ガール』

DVD好評発売中/4290円(税込)発売元:株式会社ハピネットファントム・スタジオ 販売元:株式会社ハピネット・メディアマーケティング 

 

文=大野 左紀子
大野 左紀子

大野 左紀子

文筆家
1959年、名古屋市生まれ。1982年、東京藝術大学美術学部彫刻科卒業。83年から2002年まで、現代美術の分野で発表活動を行う。2003年アーティストを廃業し、文筆活動に入る。主な著書は『アーティスト症候群 -アートと職人、クリエイターと芸能人-』(明治書院、2008)、『「女」が邪魔をする』(光文社、2009)、『アート・ヒステリー -なんでもかんでもアートな国・ニッポン-』(河出書房新社、2012)、映画エッセイ集『あなたたちはあちら、わたしはこちら』(大洋図書/2015)など。

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