台湾映画の異端児が放つ傑作!「消えた1日」をめぐる恋と謎解き映画『1秒先の彼女』|Forbes JAPAN

日本でも人気を得る台湾のチェン・ユーシュン監督が描く、バレンタインデーが「消えて」しまった独身女性を巡るラブコメディ。映像の美しさにも注目!
この記事は2021年6月25日にForbes JAPAN Webサイトに掲載された記事を一部編集したものです。Marisol ONLINEとForbes JAPANはメディアパートナーとして相互提携を行っています。
貴重な1日が突然「消えて」しまった女性を巡るストーリー(c)MandarinVision Co, Ltd
貴重な1日が突然「消えて」しまった女性を巡るストーリー(c)MandarinVision Co, Ltd

台湾にはバレンタインデー(情人節)が年2回ある。1つは日本と同じ2月14日の「西洋情人節」、もう1つは旧暦7月7日の「七夕情人節」だ。
 
七夕情人節は「チャイニーズ・バレンタインデー」とも呼ばれ、今年で言えば8月14日。2月の西洋情人節が、台湾では旧正月(今年は2月12日)の時期と被るため、恋人たちが盛り上がるのは真夏のバレンタインデーのほうだという。
 
日本とは異なり、台湾のバレンタインデーは男性から女性へプレゼントを贈るのが一般的だが、この貴重な1日が、突然「消えて」しまったアラサーの独身女性が、映画「1秒先の彼女」の主人公だ。

 

「消えたバレンタインデー」の謎を解く

 

「1秒先の彼女」は、主人公のヤン・シャオチー(リー・ペイユー)が交番に駆け込む場面から始まる。
 
「どうしました」という警官の言葉に、真っ赤に日焼けした彼女は「無くし物をした」と訴える。「どんな?」と尋ねられると「1日です」。「どの日を無くした?」とさらに警官が聞くと、シャオチーは「昨日です。バレンタインよ」と真顔で答えるのだった。

(c)MandarinVision Co, Ltd
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時は遡り、シャオチーは郵便局の窓口業務に忙しい。彼女は小さい頃から何をするにも人よりワンテンポ早かった。競走ではフライング、映画館でも笑うタイミングが早く、写真ではいつも撮影の瞬間には目を瞑ってしまっていた。そのため、これまですんなり周囲に溶け込むことができない人生を送っていた。
 
バレンタインデーを間近に控えたある日、シャオチーは公園でダンスレッスンをするリウ・ウェンセン(ダンカン・チョウ)から声をかけられる。その場でレッスンに参加したシャオチーは、ここでもリズムが合わなかったが、イケメンでユーモアもあるウェンセンに心が惹かれる。
 
翌日、シャオチーが働く郵便局に現れたウェンセンから、いきなり映画に誘われる。「早過ぎない?」と答えるシャオチーに、「君のテンポも」とウェンセンに返されるが、デートの誘いに喜びを隠しきれないシャオチーだった。
 
デートの日、映画館でもシャオチーは笑うのが1人だけ早く、ウェンセンも苦笑い。映画を観た後、彼から「バレンタインの予定は?」と聞かれると、「ないわ。ずっとそうだった」と答えるシャオチー。ウェンセンも「ないよ」と応じ、2人はめでたくバレンタインデーに会う約束を交わす。
 
当日の8時、シャオチーは目覚まし時計よりワンテンポ早く起き、待ち合わせ場所に向かうため、デート用の服を着てバスに乗り込む。隣の席の仲睦まじいカップルを余裕で眺めていたシャオチーだったが、記憶はそこで途切れる。
 
次の場面、シャオチーが目覚める朝が繰り返される。今度は8時35分。シャオチーの意識では、まだデートの当日だ。慌てて鏡を見ると、デート用の服を着たまま、顔は真っ赤に日焼けしていた。街に出て人に尋ねると、バレンタインデーは昨日だったという答え。慌ててウェンセンに連絡を取るが、電話は繋がらない。そこで、シャオチーは交番に駆け込んだのだった。

 

翌々日、郵便局近くの写真店の前を通りかかると、「目をしっかりと見開いた」自分の写真が飾られているのを見つける。どこかの海辺で撮られた写真で、店主に尋ねると、顔を腫らした男が現像を頼みに来たという。そして、良い写真だったから、店頭に飾っているのだと。
 
この写真をきっかけに、シャオチーの「消えたバレンタインデー」の謎を解くシーク・アンド・ファインド(Seek & Find)が始まる。

 

観るたびに新たな伏線を発見

 
作品の前半では、突然訪れたシャオチーの「恋」模様が、彼女の物語として描かれる。演じているのは、明るいキャラクターが人気で、台湾のテレビ番組などで司会者としても活躍するリー・ペイユー。仕事も恋も拗らせがちな30歳の女性を、表情豊かにコミカルに演じている。彼女の闊達な演技も、この作品の魅力の1つだ。
 
シャオチーが「消えたバレンタインデー」を探しに出かける中盤から、作品の様相はガラリと変わる。もう1人の視点、何においてもワンテンポ遅いバスの運転手ウー・グアタイ(リウ・グァンティン)が新たな語り手となり物語は描かれていく。

(c)MandarinVision Co, Ltd
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グアタイは、毎日のようにシャオチーの働く郵便局にやってきては、窓口で手紙を出すための切手を買っていた。それも整理券番号を何枚も手にして、必ずシャオチーの窓口に当たるようにしている。彼女に好意を寄せているのだが、そのぎこちない仕草が、シャオチーや彼女の若い同僚からは「変人」と呼ばれている。
 
作品では、このグアタイを語り手とする物語が、シャオチーの「消えたバレンタインデー」の秘密を解き明かしていく構造になっている。詳しく書くと興味を削いでしまうので留めておくが、バレンタイン当日、グアタイは自分以外のすべてのものが止まっているという不思議な現象に遭遇し、そこから意外な展開がスタートしていくのだ。
 
「1秒先の彼女」という作品は、とにかく物語が巧みに練られている。中盤で視点が転換する物語の構造ももちろんだが、時系列の処理や登場人物たちのさりげない会話の端々まで、作品を面白いものにしようとする意思が貫かれている。
 
ひと言で言ってしまえば「時間をテーマにしたラブコメ」なのだが、そう言い切ってしまうのが憚れるほど、映画的な楽しみに溢れている。何度も観直してみたが、その都度、新たな伏線に気づいたり、登場人物たちのセリフが持つ重みに唸らされたりした。

(c)MandarinVision Co, Ltd
(c)MandarinVision Co, Ltd

監督は、かつての台湾映画界の新世代で、「異端児」の異名も冠されたチェン・ユーシュン。1995年に発表した長編第1作の「熱帯魚」は、ビル街のなかを巨大な熱帯魚が泳ぐというシーンが印象的で、誘拐事件を扱いながらも、そのコミカルな演出がとても魅力的な作品だった。
 
第2作の「ラブ ゴーゴー」(1997年)では、充たされぬ日々を送る冴えない若者たちを、いまにも通じるポップでカラフルな感覚で描き、ビタースイートな青春映画として若い世代を中心に人気を集めた。

 

しかしその後、ユーシュン監督は広告業界に活躍の場を移し、2013年の「祝宴!シェフ」まで長編映画を発表することはなかった。2017年には「健忘村」という作品を発表。「1秒先の彼女」(2020年)は復帰後の長編第3作に当たるが、監督自身が20年前から温めていた脚本を基にして、満を持して撮り上げた作品だ。
 
チェン・ユーシュン監督は、日本でも「熱帯魚」や「ラブ ゴーゴー」が再上映されるなど熱狂的なファンを得ているが、ひさしぶりにその初期2作品にも通じるものを持った「1秒先の彼女」は、台湾でも高い評価を得て、中華圏(台湾、香港など)の映画賞である第57回金馬奨で、最多の5冠(作品賞、監督賞、脚本賞、編集賞、視覚効果賞)を獲得している。

 

挿入曲にビージーズの「ジョーク」

 
物語もきめ細かくつくられているが、実は映像も素晴らしく、特にグアタイの物語に登場する時間が停止した世界の映像は、CGではなく実際の人間を配して撮影されたということで、これも見どころの1つになっている。個人的には、シャオチーを乗せたグアタイが運転する路線バスが、海で囲まれた1本道を走っていく映像が美しく、深く心に残っている。

6月25日(金) 新宿ピカデリーほか全国ロードショー/(c)MandarinVision Co, Ltd
6月25日(金) 新宿ピカデリーほか全国ロードショー/(c)MandarinVision Co, Ltd

シャオチーの部屋の窓に映るラジオ番組のDJの姿や、クローゼットのなから現れる「ヤモリ」の存在、「熱帯魚」でも見せたファンタジックな映像が、物語を動かすキーとしてナチュラルに登場するのも、ユーシュン監督の卓抜した映像術の見せどころともなっている。
 
初期の「熱帯魚」でも「ラブ ゴーゴー」でも印象的だったが、脇を固めるユーモア溢れるキャラクターたちのきめ細かい配置も、ユーシュン監督作品の特徴だ。主人公の職場の同僚たちや母親、前述のDJや「ヤモリ」、交番の警官やバスに乗り合わせた中年男など、いずれも表情豊かで、作品全体を温かい眼差しで包み込んでいるかのようだ。
 
とにかく物語も映像も、映画「1秒先の彼女」は完成度が素晴らしい。ラブコメが苦手だという人でも満足させるクオリティの高さを持っている。加えて、かつて1990年代に新世代の異端児と呼ばれたチェン・ユーシュン監督の積年の映画に対する思いが見事に結実した最高傑作でもある。
 
箇所は観てのお楽しみだが、作中でビージーズの1968年のヒット曲「ジョーク(I Started A Joke )が挿入される箇所がある。スクリーンに映し出される歌詞を目で追いながら、実はとてもしんみりとした気持ちにさせられた。そしてこの曲を象徴的に使うユーシュン監督は、案外、歳を重ねているのだなと思った。
 
「1秒先の彼女」の原題は「消失的情人節」(英題は「My Missing Valentine」)、つまり消えたバレンタインだ。作中に「1秒」という言葉が明示されることはないが(めざまし時計のシーンはある)、この邦題で送り出した日本の映画会社もなかなか考えているなと感心した。ただ、ワンテンポ早い人間は、ワンテンポ遅い人間からすれば、「2秒先の彼女」になるのかもと、どうしようもないことを考えたりもした。

 

 

文=稲垣伸寿
稲垣 伸寿

稲垣 伸寿

フリーランス編集者
映画と小説のあいだを往還するフリーランス編集者。出版社では週刊誌と文芸書の編集に携わりながら、映画の片隅にも足を踏み入れる。いまは自由な立場から編集と執筆を。昨年は年間500本の映画を観賞。本欄は「映画は世界を映す鏡、作品から未来を読み解く」を趣旨に。

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