アカデミー 脚本賞の話題作、精緻な復讐劇が光る「プロミシング・ヤング・ウーマン」|Forbes JAPAN

「前途有望な若い女性」だったキャシーの描く復讐劇。アカデミー賞では5部門でノミネートされた注目の作品
この記事は2021年7月17日にForbes JAPAN Webサイトに掲載された記事を一部編集したものです。Marisol ONLINEとForbes JAPANはメディアパートナーとして相互提携を行っています。
「前途有望な若い女性」だったキャシーの描く復讐劇の行方は(c)2020 Focus Features
「前途有望な若い女性」だったキャシーの描く復讐劇の行方は(c)2020 Focus Features

アカデミー賞には脚色賞と脚本賞がある。脚色賞はアカデミー賞が始まった1929年の第1回から設けられていたが、脚本賞という新たな部門が設置されたのはそれより後、1940年の第13回からだ。
 
脚色賞は、小説や舞台劇などから起こされた「原作あり」の脚本に与えられるもので、初期の映画の脚本が舞台劇をもとにしたものが多かったことから「脚色賞」として設けられたものではないかと思われる。
 
一方、脚本賞は、第1回から存在していた原案賞(1957年の第29回で廃止)から派生したもので、原作を持たないオリジナルの脚本に与えられる。これまで脚本賞を最も多く受賞したのはウディ・アレンで、「アニー・ホール」(1977年)、「ハンナとその姉妹」(1986年)、「ミッドナイト・イン・パリ」(2011年)と都合3度この賞に輝いている。
 
前回は「パラサイト 半地下の家族」で、アジア人として初めてポン・ジュノと共同脚本のハン・チンウォンが脚本賞を受賞して話題を集めたが、今年この栄誉に浴したのが、「プロミシング・ヤング・ウーマン」のエメラルド・フェネルだ。
 

監督は女優で小説家で脚本家の才人

 
「プロミシング・ヤング・ウーマン」は、「ミナリ」(リー・アイザック・チョン脚本)や「シカゴ7裁判」(アーロン・ソーキン脚本)などの有力なライバルを抑えて受賞を果たしたが、それだけにとてもよく練られた脚本だ。
 
ホラー、ラブコメディ、サスペンス、ミステリーなどさまざまな要素をバランスよく詰め込み、あまつさえラストには驚くべき仕掛けも用意されている(筆者もこの結末は想像できなかった)。

 

(c)Focus Features
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脚本を執筆したエメラルド・フェネルは、監督も務めている。彼女にとっては初めての長編映画だが、今回のアカデミー賞では脚本賞とともに、惜しくも受賞は逃したものの監督賞にもノミネートされていた。
 
エメラルド・フェネルは、1985年、イギリスのロンドン生まれ。今年まだ35歳だが、これまで女優、小説家、テレビ番組の脚本家など、クリエイターとしてのさまざまなキャリアを積み重ねてきた。
 
女優としては、映画「アンナ・カレーニナ」(2012年)、「リリーのすべて」(2015年)などに出演。日本でも人気となったテレビドラマ「ザ・クラウン」ではカミラ妃も演じている。小説家としては、児童向けファンタジーや大人向けのホラーを上梓している。
 
これまで映画は、短編「Careful How You Go」(2018年)を発表している(脚本も執筆)が、長編デビュー作として満を持して臨んだのが、この「プロミシング・ヤング・ウーマン」だ。フェネルは、脚本執筆の動機について次のように語っている。

 

「女性による復讐の映画を書きたかった。人に頼らず自分の力で問題を解決する女性の映画が増えているが、その手の映画はひどく暴力的だったり、セクシーだったり、異様に暗かったりする。私が描きたかったのは、現実の世界で普通の女性が復讐を果たすリアリティのある作品で、銃とはまず無縁です」
 
「銃とは無縁」というフェネルの言葉通り、劇中で展開される復讐劇は決してバイオレンスなものではなく、女性監督らしいニュアンスに溢れたものになっている。
 
タイトルの「プロミシング・ヤング・ウーマン」とは、「前途有望な若い女性」という意味。いささか反語的意味合いも含んだタイトルだが、物語は夜毎クラブに通うアラサーの女性が主人公だ。
 
深夜のクラブ、泥酔したと思われる女性がソファでしどけなく佇んでいる。1人の男性が近づき、彼女をタクシーで送っていこうとする。見た目では意識が朦朧としている彼女を、男性は自分の部屋へと連れて行く。男性が下心を露わにした瞬間、女性は目を見開き、かねてから準備していたかのように反撃に出る。

(c)Focus Features
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次のシーンは、早朝、ハンバーガーを片手に裸足で闊歩していく力強い女性の姿だ。彼女の手には赤いものが付着している。ハンバーガーのトマトソースかそれとも血糊か。オープニングはややホラー作品のような設(しつらえ)だ。
 
女性は、キャシー(キャリー・マリガン)。独身で、コーヒーショップの店員をしているが(彼女がこの店で手にしている本の題名はフェネルの短編映画のもの)、かつては大学の医学部に通い、まさに前途有望な「プロミシング・ヤング・ウーマン」だった。親友のニーナが犠牲となったある事件をきっかけに大学を中退、いまは両親とともに実家暮らしの日々を送っている。
 
30歳の誕生日、両親が彼女にプレゼントしたのは、かわいいラッピングが施されたスーツケースだった。早くパートナーを見つけて家から巣立って欲しいと願っているのだろうと考えるキャシー。しかし彼女は「彼氏、ヨガ、家、子供、仕事など望んでいない。欲しければとっくに手にしている」と呟く。
 
キャシーは、何も変わらぬ退屈な人生を送っていると見せかけ、女性を狙う男性たちに正義の鉄槌を下す日々を送っていたのだ。
 
ある日、偶然にもキャシーの働くコーヒーショップに、かつて同じ大学に通っていて、いまは小児科医となっているライアン(ボー・バーナム)が訪れる。ライアンは学生時代からキャシーに好意を抱いており、突然、大学を去った彼女に再会を果たしたことで、かつての思いが再燃する。
 
ライアンのデートの誘いに最初はつれなくしていたキャシーだったが、優しく誠実そうな彼に少しずつ心が傾いていく。このあたりから作品はラブコメディのような展開を見せていく。2人が歌い踊るドラッグストアのシーンなどは完全に愛の歓喜を讃えるミュージカルのようだ。

(c)Focus Features
(c)Focus Features

大学を中退して以来、暗い闇を抱えた人生を送っていたキャシーだったが、ライアンの出現で新たな生活への可能性も感じていたその矢先、彼から親友ニーナの事件の首謀者が、新たな門出を迎えようとしていることを知るのだった……。

 

ここから展開がチェンジし、キャシーの精緻な頭脳で計画された復讐劇が始まるのだが、4つ(見方によっては5つ)に分けられたエピソードは、先へ先へと興味を繋ぐ見事なサスペンスに満ちており、加えて予想外の謎解き的要素も散りばめられたミステリーにもなっている。

(c)Focus Features
(c)Focus Features

主演女優の「七変化」にも注目

 
アカデミー賞の監督賞にもノミネートされたフェネルの演出も冴えている。初の長編とは思えないほど、綿密にそれぞれのシーンが計算されており、身に纏うファッションや手にする小道具にも主人公の内面が色濃く反映されている。繊細で洗練されたセンスも光っている。
 
ともすれば辛気臭い復讐劇になってしまいそうな作品だが、エンターテインメントとしても機能するように設計されており、全編に配されたポップな感覚が観る者を楽しませてくれる。プロモーションのメインビジュアルとしても使用されているキャシーの看護師姿は、劇中でも特に印象深い。

(c)Universal Pictures
(c)Universal Pictures

「プロミシング・ヤング・ウーマン」は、アカデミー賞では5部門でノミネートされており、うち主演女優賞の候補に挙げられたキャリー・マリガンの存在は、作品に欠かせないものとなっている。監督のフェネルも、当初から主人公のキャシーの役はキャリー・マリガンをイメージしていたという。
 
「キャシーの性格は、とても冷たくて、ガードが固くて、皮肉屋で、自己中心的です。おまけに多くの女性がそうであるように、必要なときに自分の魅力を演出できるのです」
 
キャシーを演じたマリガンも、監督の期待に応え、劇中では華麗な「七変化」を演じている。あるときは力強い意志力をみなぎらせる女性、あるときは可愛らしいまるでティーンエイジャーのような女性、そしてあるときは男性の視線を釘付けにする蠱惑的な女性。マリガン自身も「この主人公を他の人が演じるかと思うと不安と怒りが込み上げてきた」と語るように、出演を快諾したという。

映画『プロミシング・ヤング・ウーマン』7/16(金)TOHOシネマズ日比谷&シネクイントほか全国公開(c)2020 Focus Features, LLC.
映画『プロミシング・ヤング・ウーマン』7/16(金)TOHOシネマズ日比谷&シネクイントほか全国公開(c)2020 Focus Features, LLC.

エンターテインメントとしても優れているだけでなく、「プロミシング・ヤング・ウーマン」には、女性から男性への個人的復讐劇を超え、閉塞された社会に対する辛辣なメッセージも含まれている。
 
キャシーが、前述の4つに分けられたエピソードを通して復讐劇を完遂させていくなかで、明らかとなっていく「真実」は、「前途有望な若い女性」の未来を阻んだ原因が、事件そのものだけではなかったことも描いている。そのあたりもこの作品の脚本が優れている理由かもしれない。

文=稲垣伸寿
稲垣 伸寿

稲垣 伸寿

映画と小説のあいだを往還するフリーランス編集者。出版社では週刊誌と文芸書の編集に携わりながら、映画の片隅にも足を踏み入れる。いまは自由な立場から編集と執筆を。昨年は年間500本の映画を観賞。本欄は「映画は世界を映す鏡、作品から未来を読み解く」を趣旨に。

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