安定の「ひとり」から波乱の恋へ!アラサー女性が自意識の檻を抜け出すまで|Forbes JAPAN

基本「おひとりさま」の31歳独身女性が、1人で食べる気楽さからやがて2人で食べる楽しさへと目覚めていく―――。 綿矢りさ氏の原作を元にした映画『私をくいとめて』をご紹介。
この記事は2021年8月14日にForbes JAPAN Webサイトに掲載された記事を一部編集したものです。Marisol ONLINEとForbes JAPANはメディアパートナーとして相互提携を行っています。
主人公のみつ子を演じたのん(Yuichi Yamazaki/Getty Images)
主人公のみつ子を演じたのん(Yuichi Yamazaki/Getty Images)

これまでにない規模で拡大したコロナ第5波の影響で、この夏のさまざまな予定を取りやめにした人は多いだろう。
 
すっかり定着したリモートワークに遠隔授業など、人との交流形態が決定的に変わってしまったこの1年半、元からあった縁は維持されても、新しい出会いや関係の深まりのチャンスは確実に減っていると思われる。
 
知人の誰かともっと親しくなりたい、ゆっくり話をしてみたいと思った時は、食事に誘うのが一般的だ。話題は何でもいい。一緒に今食べているものについて楽しく語り合えるなら、その人とはもっと仲良くなれるだろう。また食べ物の好みから、相手の育った環境や普段の生活ぶりも見えてくる。
 
「一緒にごはんを食べる」ことは人間関係の基本だと、こうした機会が極端に少なくなった今、改めて思う。
 
芥川賞作家・綿矢りさの原作を元にした『私をくいとめて』(大九明子監督、2020)は、1人で食べる気楽さから、やがて2人で食べる楽しさへと目覚めていく女性のドラマだ。

 

みつ子(のん)は、31歳独身の会社員。会社ではてきぱきと仕事をこなし、プライベートの行動パターンは基本「おひとりさま」だ。食品サンプル作り体験講座に行くのも、公園でサンドイッチを食べるのも、焼肉を食べに行くのも1人。
 
だが彼女の生活に裏寂しさは感じられない。外でうっかり出た独り言で知らない人に引かれることはたまにあっても、会社の先輩ノゾミさん(臼田あさ美)とはそれなりに仲がいいし、こざっぱりとしたマンションの部屋は居心地良さそう。
 
みつ子の癖は、架空の人物Aと会話することだ。Aは落ち着いた男性の声で登場し、みつ子の迷いに答えたり、嬉しさに同調したり、落ち込みをそっとフォローしてくれたりする。とはいえ、それはもちろん自己完結したやりとり。1人に慣れてしまった人は、だいたい人知れず頭の中にAを住まわせているものかもしれない。
 
みつ子を伸び伸びと演じるのんがすばらしい。会社でのわきまえた感を出した物言いと、1人でいる時の腹の底から出てくるような生き生きした発声、どこか鈍臭く少女っぽさの抜けない動作。ポップなファンタジー場面が挿入される画面と相まって、のんを見ているだけで楽しい。
 
同じ原作者、監督の『勝手にふるえてろ』のヒロインと共通する点は多いが、あそこまでの危なっかしさや痛々しさは影を潜めている。もう少しだけ社会や人間関係に適応し、自分を客観視し、周囲をクールに眺める「大人」の視点がある。大人だから、1人の孤独の飼い慣らし方も年季が入っているのだ。

  

 

「揚げ物」が象徴する恋の盛り上がり

 
そんなみつ子が1年前から少し気になっているのは、取引先の営業マン、多田(林遣都)。彼と近所の商店街でたまたま出会った彼女は、自炊していることをいたく感心され、ひょんなことから毎週おかずを多田に分けてあげることになる。
 
このエピソードの中の、まだ個人的に親しくはない2人の会話のぎくしゃく感と、ほのかな好意から来る配慮や、遠慮しながらの踏み込み感とのバランス具合が絶妙だ。
 
年齢の割には初々しい2人のやりとりを見守っている、コロッケ屋の店主の下町っぽい雰囲気もいい。
 
マンションまでおかずをもらいにくる多田と、弁当箱に詰めて渡すみつ子。だがいつまでたってもそれ以上関係が進展しないのは、多田が年下のこともあるが、みつ子の中で情熱よりも不安と面倒くささが勝っているからだ。

だが易々と恋に落ちることのできないこの臆病さ、あるいは恋することへの腰の重さには、逆に今の一般的な若い男女のリアリティも感じられる。1人の方が楽に決まっているのだ。相手がいるということは、その分、何が起きるかわからない不安定要素を抱え込むことなのだから。
 
やっと思い切って夕食に多田を招いたみつ子は、ひさしぶりに他人とおしゃべりに興じる楽しさを存分に味わう。ここで多田がお土産に買ってくるのは出会いのきっかけとなったコロッケであり、みつ子が用意したのはかき揚げだ。そして遡れば、冒頭の食品サンプル作り体験講座でみつ子がつくるのは、エビの天ぷら。いずれも揚げ物である。
 
冷たいフェイクである最初のエビの天ぷらは過去の凍結された恋であり、多田が持ってきたコロッケは恋の芽生え、みつ子の作ったかき揚げは、ベタだけれども彼女の恋心だろう。
 
揚げたてのそれを美味しそうに食べる多田が、みつ子に敬語を注意されて、ぎこちなくタメ口を使う場面はほほえましい。

多田(林遣都)とみつ子は次第に距離を縮めていく(Getty Images)
多田(林遣都)とみつ子は次第に距離を縮めていく(Getty Images)

料理をせず外食ばかりの男性が、料理好きな女性の手料理をご馳走になる、なんて恋のはじまりは、今時古臭いと思う人もいるかもしれない。
 
しかしみつ子が料理好きであることをたまたま知った多田にしてみれば、なんとかそれを会うチャンスにつなげたいと考えたのだろうし、みつ子もおかずを分けてあげるだけということで、そんなに気負わず承諾できたのだろう。
 
普通なら相当親しくなってから手料理を振る舞うという展開になりそうなところが、逆さまになっている点が面白い。
 

 

「変わらなきゃ」という意思

 
多田との交際が本格的に始まる前に、2つの出来事が挿入されている。1つは、みつ子が上司からもらったチケットで、1人で参加した温泉ツアー。赤の他人の中でも平気で楽しむみつ子だったが、余興で来た女芸人にセクハラする客の男たちに、心の中で盛大にキレる。ここで吐き出される黒々とした彼女の内面は、過去のトラウマを思わせる激しさだ。
 
もう1つは、結婚してローマに住む親友、皐月(橋本愛)に会いに行くくだり。イタリア人の賑やかな家族に囲まれて幸せそうな皐月は、みつ子にとっては先に未来に行ってしまった人である。みつ子の抱えていた小さなわだかまりは、皐月なりの苦しみを知り、久しぶりの語らいの中でじんわりと氷解していく。
 
多田との交際を前に、過去の恋愛を吹っ切り、大嫌いな飛行機に乗って親友と再会し一山超える。この2つの成就から、みつ子の中の「変わらなきゃ」という意思が伝わってくる。
 
もう1つ、サイドストーリー的に展開するのが、会社の先輩ノゾミの恋だ。お局様の雰囲気をまといつつも、よく喋る人の良い彼女は、イケメンだがナルシストで空気の読めない片桐に片想いしている。
 
東京タワーを徒歩で登るイベントで、あらゆる場面を想定したものらしい大きなバッグを背負ったノゾミが、片桐に見せる身も蓋もない一途さはちょっとせつない。反面、当たって砕けろ的なその強さは、どっちに転ぶかわからない不安定さを避けて生きてきたみつ子にはないものだ。
 
やっと多田からの「お付き合いしたい」を受けて高揚するみつ子だが、アクシデントから泊まることになるホテルで、パニックになりAに助けを求める。
 
彼女の妄想シーンでAが意外な姿を現す場面は一番の山場だが、かなりユルい雰囲気なのが、いかにもみつ子らしい。
 
Aという自分の半身と別れることで、他人にきちんと向き合うことができたみつ子。頼りにしていたものを手放し、不安と面倒くささを乗り越えて、やっと新しい関係が始まるのだ。

 

文=大野 左紀子
大野 左紀子

大野 左紀子

文筆家
1959年、名古屋市生まれ。1982年、東京藝術大学美術学部彫刻科卒業。83年から2002年まで、現代美術の分野で発表活動を行う。2003年アーティストを廃業し、文筆活動に入る。主な著書は『アーティスト症候群 -アートと職人、クリエイターと芸能人-』(明治書院、2008)、『「女」が邪魔をする』(光文社、2009)、『アート・ヒステリー -なんでもかんでもアートな国・ニッポン-』(河出書房新社、2012)、映画エッセイ集『あなたたちはあちら、わたしはこちら』(大洋図書/2015)など。

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