
麻生久美子
あそうくみこ●俳優。1978年千葉県生まれ。’95年映画「BUD GUY BEACH」でデビュー。’98年の映画『カンゾー先生』でヒロインを演じ、日本アカデミー賞新人俳優賞など多数の映画賞を受賞。ドラマ『時効警察』などでのコミカルな役も話題となり、多くの注目作品で活躍。近年の主な作品に、映画『ラストマイル』『海辺へ行く道』、ドラマ『MIU404』『魔物마물』、連続テレビ小説『おむすび』など。
観終わった後、余韻があって妄想が広がる楽しい映画です
━━『THE オリバーな犬、(Gosh!!)このヤロウ MOVIE』が公開されます。ドラマ放送時もその奇妙な設定が話題となりましたね。主役の鑑識課警察犬係のハンドラー・青葉一平(池松壮亮)には、相棒の警察犬・オリバーが欲にまみれた着ぐるみを着たおじさん(オダギリジョー)に見えてしまうという話で(笑)。そして映画はドラマ以上に混沌としていてファンタジックな展開になっていますね。
そうですね。よりオダギリさんの世界観が出ていると思います。ドアを開けると不思議な世界が広がっていたりして、「えっと、あれがここにつながって」と考えるんですけれど、それは自分の解釈でしかなくて。
かといって、もともと私は正解を求めるタイプでもないので、「これはどうしてこうなったんですか?」とオダギリさんに聞いたりしないので、よくわからずに演じていました(笑)。その後、完成を観ても結局、正解はわからなかったのですが、観終わった後、心地よい余韻があって、妄想が広がるところがおもしろい映画だなと思いましたね。
━━麻生さんが演じているのは主人公一平の上司である漆原冴子という、これまたクセ強なキャラクターです。楚々とした雰囲気の麻生さんが、個性的な共演者の中にあっても絶妙な存在感を放っていたのが印象的でした。
私、基本的に受身の人間なので、まわりにどんな俳優さんがいようが、自分はそんなに変わらないというか。こだわりもたいしてないので、どんな人もどんなものもわりと「いいね」って思えるし、どんな表現も「素敵だな」って思うことのほうが多いんです。
演技に関してもまずは自分のプランを演じてみて、監督が違うと言えばそれにそって変えればいいというスタンスで。作品って監督のものだと思うので、あまり自分の意見を主張しすぎないようにしています。ただ今回はオダギリさんがかなり役者の自由にさせていたので、私も楽しく自由に演じました。
━━キャリアを重ねて、仕事に対する向き合い方は何か変わってきましたか?
特に最近は、余計なものをそぎ落として、楽な自分になってきているのかなと思います。私、自分にすごく自信のないタイプで、特に若い時は「本当に私でいいんですか」って思っていたんですけれど、今やっと「この世界(芸能界)にいていいんだな」と思えるようになりました。自分の居場所がちゃんとできたからだと感じています。
『時効警察』出演前は、俳優をやめてもいいと思っていました
━━今でこそ、麻生久美子という俳優の立ち位置は確立されていると思いますが、10代でデビューしてから紆余曲折あったと思います。ご自身が{これが転機となった}と感じる作品はありますか?
ひとつは、まだ駆け出しの頃に出演した映画『カンゾー先生』(1998年)ですね。もともとアイドル歌手を目指して芸能界に入ったんですけれど、うまくいかなくて。
事務所が映画やドラマのオーディションを受けさせていくようになったんです。でも、最初はお芝居を楽しいと感じる余裕もなくて。
そんな時に初めて映画の現場が素敵だなと思ったのが『カンゾー先生』でした。大人たちがひとつの作品を作るために必死になっていて、すごく輝いて見えたんですね。それだけに自分は全然うまくできなかったことがすごく悔しかった。
だけど、今村昌平監督やスタッフさんに「映画で活躍する女優さんになってほしい」と言われて、その言葉がずっと心に残っていて。自分が役者に向いているとは思わなかったけれど、そんなに言ってもらえるならやってみようと思いました。

━━まさに人生を変えた作品ですね。
変えましたね。この作品に出ていなかったら、芸能界をもうやめていたと思います。
もうひとつ、転機になった作品といえばドラマ『時効警察』(2006年)ですね。この時はコメディをやるのは初めてだったので、ちょっとした間だったり、表情だったりが、すごく難しくて苦労しました。
━━コミカルな要素は、もともと麻生さんの中にはなかったんですか?
全然ないです。基本、真面目な人間なので、おもしろいことも言えないし。でも、スタッフのかたがたにうまく調理していただいて、オダギリさんとのやりとりもおもしろいと評判になって。
実は当時、「やっぱり自分には役者は向いていない」「もうやめてもいい」と思っていたんです。でも、自分にはまだ知らない世界があるんだと思ったら、まだまだやれることがあるかもしれないと思ったんです。オダギリさんとも『時効警察』以来のご縁ですし、こういう作品に出会えた自分は、本当に運が良かったと思っています。
子供に弱みをちゃんと見せられる親でいたいと思っています

━━麻生さんは、現在、13歳の娘さんと、8歳の息子さんのお母さんでもあります。ふたりの小さな子どもを抱えながら、仕事をこなすのは大変だったのではないですか?
ひとり目を出産した時は、結構しんどかったですね。生活が一気にガラッと変わって、すごく疲れてしまって。でも仕事を休んだのは半年くらいで、すぐに復帰しました。私の場合、仕事をしていたほうがバランスがとれて精神的にいいみたいです。
━━子育てで大切にしているのはどんなことですか?
心がけているのは、愛情をたっぷり注ぐことですね。スキンシップをしたり、言葉で伝えたり。今、娘が思春期で笑っていたかと思えば、急に不機嫌になったりして接し方に戸惑うこともありますけれど、「今いける!」と思ったら、迷わず頭をなでたりしてベタベタしています。迷惑そうにしながらも若干うれしそうなのがわかるんですよね。
下の息子も小学校3年生なので、そろそろ生意気になってもいい頃なんですが、私のために可愛くいてくれている気がする。あえて甘えてくれている感じがします。
━━それはなかなかデキる少年ですね(笑)。
それから弱みをきちんと見せられる親でいたいと思っています。例えば「今日は仕事で失敗して落ち込んでるの」とか、「疲れちゃったから、ごはん作るの手伝って」とか。親だって完璧じゃないんだよっていうことを子供には知ってほしいんですね。
━━素晴らしいですね。
いや、本当はもっとしっかりした親になる予定だったんですけれど、実際は親になってみると難しくて。子供には親に頼らず、自分の足でしっかり自立できる人間に育ってほしいので、嘘はつかず、ありのままの自分たちを見せるようにしています。
━━この先、どんなことを大切に人生を送りたいと思っているか、どんな自分でいられたら幸せと思っているか、教えてください。
好きなことだけ、楽しいことだけしかしないで生きる―というのが最高の夢です(笑)。
大きなことじゃなくていいんです。例えばカフェラテが大好きなので、カフェに行ったり、家族とおいしいパンケーキを食べに行ったり。
そういう些細な楽しみがいっぱいあると心が弾むじゃないですか。だから小さいけれどわくわくするような予定をたくさん立てて、幸せな毎日を送りたいと思っています。

━━麻生久美子さんが大切にしている言葉は?
『人生、一生勉強』ですね。これは昔、今村昌平監督に言われた言葉で、ふとした瞬間に思い出しては反すうしています。年齢に関係なく、これからも自分の興味のあること、好きなことをずっと学び続けていくことができたらいいなと思っています。ちなみに今は、英語の学び直しをしています。
2歳になるメスのトイ・プードル犬
いつも癒されています。この子に限らず、犬ってヒーリングパワーを持っていますよね。オリバーのようなおじさんには見えないですけれど、口のまわりの毛がヒゲみたいで、ときどきおじいちゃんに見えます(笑)。家ではほかにもヤモリを飼っているんですよ

━━それでは最後に、マリソル読者へメッセージをお願いします。
偉そうに、皆さんにエールを送れる身分ではないですけれど、私がよく思うのは、健康でごはんが食べられたら、それだけですごく幸せだなっていうこと。そう考えると、うじうじ悩んでいたことがどうでもよくなると思います。だからそれをしっかり胸に刻んで、折に触れて思い出してほしい。そして日々の楽しみを満喫してほしいです!
取材・文/佐藤裕美 編集/MIYUKI KIKUCHI