大島美幸
おおしまみゆき⚫️芸人。1980年生まれ。1998年に結成されたお笑いトリオ、森三中のメンバーとして活躍。2002年に当時、放送作家だった鈴木おさむ氏と交際0日で電撃結婚。2015年に出産し、母になる。その後、産休を経て現役復帰し、現在は森三中の活動に加え、「大島本気チャンネル」をYouTubeで配信中。
忙しくしすぎないことを日々心がける
━━芸人の仕事に妻と母親という3つの役割をうまくこなすコツはありますか?
すべてうまくこなせているかは正直、わからないけど(笑)、仕事が忙しくなりすぎないようにしています。そうすることで気持ちに余裕が生まれて、いろいろなことに目が届くから。最優先事項は、息子が元気でいること。運動会や授業参観などは絶対に参加します。
今は午前中に私的な用事をすませてから仕事に入ることが多くて、今日は病院とピラティスに行ってからこの取材に来ました。やらなきゃいけないことを午前中にまとめてしまえば、スッキリした気持ちで仕事に向き合えます。出産前、芸人として走り続けていたころは“家に寝に帰るだけ”という感じで、結婚はしていたけど生活らしい生活はしていなかった。でも今はちゃんと生活をしています。やっぱり息子の存在は大きいですね。
母親になる前は考えなかったですが、息子には健康に育ってほしいので、食にこだわるように。毎日、息子のそばに寄り添うようにして、私自身も楽しく過ごせるのが理想ですね。そして、親の責任は果たしつつ、自分だけがつらくならないようにも意識しています。夫にも頼るし、友達にも助けてもらう。周囲の人たちに頼れるようになったのは大きな変化です。
━━長いキャリアを経て、仕事への姿勢も変わりましたか?
そこから仕事に誇りをもたなきゃダメだと思うようになりました。それもあり出産後は、すべての仕事は、「全力でやらなきゃダメ」という気持ちで取り組むようになりましたね。
とはいえ、仕事は詰め込みすぎないようにしています。でも仕事をする時は120%で。森三中3人での仕事と1人での仕事では、やっぱり感覚も違う。3人の時はそれぞれ得意なジャンルがあるので(ムーさんなら料理、黒沢さんならラジオやテレビ、私なら掃除など)得意な人がしゃべればいいし、空気感もわかるので安心して任せています。
26年の付き合いなのでその辺は自然な感じで。私が一人の時は一所懸命やるだけです。3人の時はバランスを見ながらやっています。仕事の合間は毎回、井戸端会議みたいに盛り上がります。近くにいる親戚のような感じなので、近況報告もすごく楽しいです。
40歳をすぎて、心地いい人と仕事をすることが大事で、理想を言えば「この人と一緒にいると楽しいな」って思える人と働けたり、「この仕事、全力でやりたい!」と思える現場に出会えたり、それが超理想です。なかなか毎回は難しいけれど、それを目ざしていたいですね。
駆け出しのころは「全部やります」という状態で、断る発想すらなく、入った仕事はすべてやらせてもらっていました。でも今思えば、寝不足で判断が鈍っていたり、体調不良のまま現場に行っていたこともあったりして、申し訳なかったなと感じることもあります。……40歳になってようやく、その解決策がわかるようになりました。
夫から「やめようと思う」と相談された時は、正直、ホッとした
━━昨年、ご主人が脚本家・放送作家の仕事から引退すると決断されました。
“お疲れさまでした”と。妻としてはまず安心しました。もちろん仕事仲間には「まだやってよ」と思われているかもしれないけど、私はずっとそばで夫の苦行を見ていたので、絶対に体を壊すと思っていました。彼の口から、「やめる」と聞いた時は本当にホッとしました。夫から「やめようと思うんだけど」と相談された時も、「よかったね、お疲れさま。長かったね」とだけ伝えました。正直「やめるのが遅いよ」と思ったくらい。
ずっと夫のメンタル面が心配で。物語や小説の世界に深く入り込まなければいけないから、ずっと座りっぱなしになってしまうし、健康的ではない仕事だなと思っていました。仕事量も膨大で、まわりから「いつ寝ているの?」と聞かれるほど。実際、寝てはいたけど、朝まで書くことも多々あったのでその環境から少し離れてくれて、今はよかったなと思っています。
━━ご主人の決断で、家族との暮らしに変化はありましたか?
確かに彼は、仕事の合間にガーデニングも英語も全部やっているんですけど。レモングラスが伸びたと言って、一気にザザザッと大量に手入れをするし、英語も隙間時間でパッとやってしまう。もっとゆっくり取り組むのかなと思っていたら、全然そんなことなくて。やることは減ったはずなのに、外に出たり人に会ったりする時間が増えているから、忙しさはあまり変わらないですね(笑)。
でも心の状態はすごくいいと思う。以前はアウトプットばかりで忙しかったけれど、今は「インプットで忙しい」感じかな。興味のあることや、これまでできなかったことに時間が割けるようになり、仕事とは違う“好きなこと”の割合が増えていて、夫は今とても充実しているはず。もちろん仕事も続けていますが、バランスが変わったんだと思う。夫は家にずっといるタイプではないだろうなと思っていましたが、想像以上に家にいないです(笑)。
今の仕事で外を“飛び回っている姿”は、忙しくても前より安心できます。息子と過ごす時間も増えましたし。私が仕事の時は土日に夫がレギュラーで出演する大阪の生放送の仕事に息子を連れて行って、その帰りに吉本新喜劇を見るのが彼らの月一の定番になっているほど。息子もお笑いが大好きなので、楽しそうです。
━━大島さん自身の将来のビジョンはいかがでしょうか?
私が70歳くらいになっても、お尻を出してみたい(笑)。黒沢さんと相撲して、だるんだるんのお尻なんだけど、ちょっとおもしろいかなって。こっそりそういう願望はもってますよ。そのころ、どんな時代になっているかわからないけど。
もしかしたらテレビはつけたらタダで観られる時代ではなくなっているかもしれない。それでも私が70歳、80歳になった将来に、芸人として、笑っていただくことができていたらうれしいですね。だからこそ、結局は体が資本。
心も体も元気じゃないとダメだなって、40代になって本当に実感しています。すべて元気じゃないと成り立たない。
人生の時間は有限。やりたいと思ったら、迷わず、すぐに動く!
━━自分が描く未来に近づくために今、取り組まれていることはありますか?
そこで「もっと気軽にダンスができたらいいな」とダンススクールを自分で探しました。いいスクールが見つかったので、すぐ契約して、行ける時は毎週通っています。 「面倒くさい」とか「知らない人と踊るのは、恥ずかしいし不安かも」みたいな気持ちはいったん忘れて、スクールに入会しました。
「思ったことはすぐにやる!」と40歳になってから特に意識するようになりました。 「いいな」と思ったら、すぐ動くんです。
私はYouTubeの「大島本気チャンネル」でゲストを自分でオファーしていて、面識のない芸人さんでも興味があったら知人に連絡先を聞いて、すぐに出演を打診しています。
「嫌がられたらどうしよう」「迷惑かな」と考え始めると動きが止まってしまう。でも全部切り離して、やりたいことはすぐ相手に伝える。これ、本当に大事です。人って考えているうちに1年くらいすぐたってしまうから。
考えすぎることをやめたんです。「やりたい」と思った時に立ち止まらない。その先をあまり考えないようにしてます。もちろん少しは考えますが。
もし方向性が違うなと思ったら、丁寧に思いを伝えて「申し訳ございませんでした」と伝えればいい。そういう気持ちでいいんじゃないかと思います。歳を重ねると「この歳でダンスなんて…」って考えるんですよ。でもそういう思考はやめました。
人生の半分はもう過ぎているから。だからやりたいことは早く始めて、やっていて違ウナと思ったら手放せばいい。人間関係も同じで、「嫌な時間を我慢して過ごす」ほど人生は長くないんです。
━━40代になり、その思考にたどりついた理由は?
「あんなに元気だった母がいなくなってしまった」と思ったら、何事も早くやろうって思うようになったんです。急ぐって意味ではなく、やりたいことを後回しにしたくない。実は、少し後悔もあって…。
2人目のこどもを見せてあげたかった。エンジンがかかるのが遅かったんですよね。なんで早く行動しなかなかったんだろうって。もし早く動いていたら、母に2人目を抱かせてあげられたかもしれないなと。
だからこそ「早くやる!」「思ったらすぐやる」と強く思うようになりました。そして、諦めるときも素早く、次に進む。そのほうが自分にとっても、まわりにとっても最善だと思うようになりました。そうやって生きていくために、足かせになるような強い執着は捨てようと決めました。でも母の死はすごく長い間認められなかった。
叔母から、「もう亡くなっているのに。あなたが認めてあげなきゃダメだよ」と言われて、「あ、そっか」と思ったんです。それでも、母がなくなったことを人に言えなくて、まわりの人たちの中では“元気な母”のイメージが残っていたから、それを壊したくなかったんですね。
けれど、それも“執着”のひとつかもしれないなと思うようになって。亡くなったのなら、それをきちんと受け入れられる人間になりたい。まわりの人にも知ってもらったほうが、母にとってもよかったかもしれない。そう思うようになりました。
そこから変わった気がします。母親の死があって、「やりたいことは早くやったほうがいい」「苦手な人との時間はなるべく費やさない」と思うようになったし、誰かに悪いとかではなくて、自分が楽しく人も楽しくいられる状態でいたいんです。時間は有限で、いつまでもあるわけじゃないと理解して生きるようになりました。元気だった母が、急にいなくなるなんて思ってもいなかった。でも「明日どうなるかわからない」ってことを強く感じ、自分だって同じだと。
━━ファッションへのこだわりはいかがでしょう?
毛の生えた高価な靴を2足とか(笑)。メガネも「これじゃなきゃ嫌!」って、すごく高いものを買ってましたね。洋服は、今でも好きだけど、昔みたいな強い執着がなくなりました。以前だったら「在庫ありませんか?探してください」と必死になっていたけど、今は「ないならまあいいか」と思えるようになりました。本当によかった。あのころのままだったら大変だっただろう……と感じますよ(笑)。
笑って、食べて。幸せを運んでくれるお気に入り
私の元気の源は食べること。とくに地方のお菓子とか、食べたことのないスイーツが大好きで、おみやげでいただくとテンションが上がります。いただくのも幸せだけど、おみやげを渡すのもの同じくらい好きで、仕事で地方の道の駅に行ったりするといろいろと買い込んでしまうんです。昔、母が旅行先でものすごく大量のおみやげを買っていて、「そんなに誰に渡すの?!」と思っていたけど、今は私もやっています(笑)。
取材・文/川上朋子 編集/MIYUKI KIKUCHI
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