お金が欲しいのも、豊かな生活をしたいのも、一発あてたいのも、私と一緒に二人で幸せに穏やかに暮らしていきたいから、笑って楽しく暮らしていきたいからと思ってのことなら、私の受け止め方はもう少し違うものになっていたように思う。
でも夫であるA男の思考回路に、一切嫁という存在、私の存在、私との人生のためにという発想はなかった。俺は成功するまでは誰のことも大事に思えない、お金がないからそれで頭一杯。お前のことはもう大切でもなんでもないと断言されたこと。その身勝手さと冷たさに、耐えられなかったのだ。
新婚旅行をドタキャンされたことも、旅先に行けなかったことも、もちろん悲しい。辛い。だけど、一番悲しくて傷ついたのは、行けなかったという事実より簡単に約束を破るということは、私の気持ちを全く思いやろうとしてはくれなかったんだってことを、はっきりと示された気がして、それが何よりも深く私を突き刺したんだ。
私は女だから、妻だから、嫁だからって、男である夫に、旦那に、手厚く面倒見てほしいわけでも、物を与えてほしいわけでも、過度にかまって欲しいわけでもなかった。彼も私も、まずは自分の足で立てばいい。お互いの存在がいることで励まされたり、勇気づけられて、笑顔になるような関係を大切に築いていくこと……それが私の、たった一つの素直な願いだった…のに…な。
「真木?」
「あ、ああ、ごめん。ちょっと頭の中をいろいろめぐっちゃって」
「今日はお好きなものをお好きなだけ飲んで食べてくださいな、ごちそうさせていただきますから」
「ありがと」
「で? めぐった結果、何が一番辛かった?」
「私ね、毎年毎年、年末調整の書類の世帯主の欄に自分の名前書く時、ああ、この欄にいつの日か別の人の名前を書ける日が来るんだろうか、今年もまたアタシの名前書いちゃったよって長年、毎年思ってきたの。でも結婚しても、世帯主私なんだよ。家の契約主体は私。なんだかなって思ったよ。一番大事なことがお金ではないけれど、大事なことには間違いない。だけどそれが一番辛かったことではない」
「それ以上に辛いことがあった、と?」
「うん。なんていうかな、あの人、察しようとか想像しようとしてくれるってことが全くない人で……」
「真木の気持ちを、だよね?」
「うん。わかろうと努力したって人の気持ちなんて簡単にはわからないのに、はなからわかろうとも、察しようとも、想像してわかりたいとも思ってくれない人といるってことが、相当私にはきつかった……ような気がする」
「そこだよね。それ大事な気がする。それ、ちゃんと自覚したほうがいい気がする。真木は相手の経済力とか将来性があるとかないとかで離婚する女じゃないと思ってたから。だって真木そこそこ稼いでるじゃない? どうしても一緒に生きていきたいと思う男なら、一生真木の稼ぎで養ってでも離れなかったと思うんだよ。違う?」
「え?」
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