「それでもそうしなかった、そうならなかった理由はとっても大事なところだから、あたしが言ってあげる。真木はさ、彼が自分の気持ちを思いやってくれないことがただただ寂しくて辛かったんでしょ? 想像してみようと努力すらしてくれないことが悲しかったんでしょ? でもそれを多分あんたは『怒り』に変換しちゃったんじゃない? 昔からの癖だよね、変に我慢して耐え切れなくなると本当の気持ちを『怒り』に変換して必死に伝えようとして、一番わかってほしい気持ちが相手に伝わりづらいっていう。悲しいとか寂しいって気持ちはそのまま見せないとわかってもらえないのに」
「ちょ、ちょっと。何かを見てたみたいに言うけど、突然何? 私が何か悪いって言われてる?」
「悪いんじゃなくてね、損じゃない?って言ってるの」
「損……」
確かに…言われてみれば、奴の言動すべてに、私への思いやりがないことに、勝手に傷ついていた、とは思う。どんどん傷ついて、寂しさから相手を責めるようになって。縁あって結婚し夫婦になったにも関わらず、帰宅しなかったり音信不通にしたりとその関係性や絆をはぐくもうとしない、乗り越えようとしないあの人が、卑怯で甘えていて無責任で努力をしない逃げ癖のある男にどんどん思えてきて、私はなんとか乗り越えようとしているのに、立て直そうとしているのに、ってひとり「納得いかない度」を深めていた時期は確かにあった。とは思う。
それでも、彼だけを責めることには罪悪感を覚え、いや、こんなことになったのは私が至らないせいなんじゃないか、私がダメな女だから彼にあんなことを言われるんじゃないか、言わせてしまうんじゃないかと、今度は自分をひたすら責めて悩み、一人夜中に嗚咽する時期もあった。だから、ただただ一方的に相手に怒りの言葉を投げつけていたわけではない。
なのに。そんな悶々やあれやこれやを今日まで何一つ見ても聞いてもいない理沙に、なんで突如ここまで激しくダメ出しされてるんだろう、私。
「真木って昔から無駄にボキャブラリー豊富でしょ? 感情的になればなるほど、激情がほとばしればほとばしるほど、もはや自分の意志で選んだ言葉かどうかもわからない、普段使ったことないような物言いまで、とめどなく乱射するわけよ。怒りって形に変換されちゃった寂しさや悲しさが、どぎつい暴言となって機関銃のように連射されるのね、相手が死ぬ寸前まで」
「ちょっと。それ全部、私じゃなくて理沙の専売特許じゃない?」
私の反論になど微動だにせず理沙は続ける。
「溜め込むから爆発するのよ。言いたいことあるならそのままその都度普通に伝えりゃ問題ないのに、変なとこ物わかりいい女ぶっちゃうんじゃないの? ぶったなら最後までぶってくださいって話よね」
「ねえ、ほんとに何で突然私が理沙に責めたてられてるの?」
「責めてないし。元ダン直接知らないから、あたしには今の真木しか見えないでしょ。だから真木について思うことを言ってるだけ」
「よくわかんないんだけど、つまり理沙は私が何か間違ってたって言ってるの?」
「真木、それもよく言うよね」
「え?」
「『私、間違ってる?』って」
「は? そう……かな」
「大抵の場合きっと真木は正しいと思うよ。多分。だけどさ、正しいことに意味なんてある? それで?」
「え?」
「デキル女が陥りやすい『正しい』かどうかを拠り所にする生き方。要は自分だって、自分に都合のいい状況を作りたいだけなのに、そんな思惑は隠して自分を正しいと正当化して、そうじゃない他の何かのせいにしたがるっていう」
なんだかわからないけれど、自分があえて触れないように見ないようにしてきた嫌なところをこれでもかと見せつけられている気がして、顔が熱くなりぶわっと涙が溢れ出て来た。これ、なんの涙だろう。
悔しいのか、悲しいのか、恥ずかしいのか、よくわからないけれど、そのまま私は、理沙の隣で子供のようにうううっと声をあげてボロボロと泣いた。
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