真木ちゃんが谷原さんをつつき、結花ちゃんが谷原さんの椅子をぐるりと私の方に向けた。
「だからその…10年以上経っても変わらず旦那が大好きで、その大好きな人と一緒に夫婦やれてるって、すごいと思うわけ」
え?何、急に。さっきとトーンが全然違いすぎて逆に怖くて、鼻をかむ手がとまる。
「好きな人の奥さんとして専業主婦ライフを満喫できる須藤さんは幸せだと思う。それは当たり前のことなんかじゃない。誰もが手にいれられるものでもない。幸せな人だと思う。だから旦那さんとの生活を大事にしたらいいのにねってあたしは思ってる」
時折遠くをみながら、言葉を選びながらトツトツと話す谷原さんはそれまでとは別人のようだった。
「理沙って、普通に話そうとすると急に日本語下手になるでしょ。ファイティングポーズ取ってる時のほうがぶわーっと言葉が出て来るし表現も冴えてるんだけど、言い方がきついから本音のとこが伝わりづらくてね。でもねこの人、今日一貫して須藤さんに言ってるのは、今の須藤さんの庭は十分綺麗だから、その庭を大事にすればいいんじゃないの?ってことだけだと思う。泣かせて悪かったけど理沙は須藤さんを否定してなんかないよ、私は私、あなたはあなた。それでいいのに、ってずっと言ってるように私には聞こえたんだ。ごめんねほんとこの人、日本語が下手で」
なぜか谷原さんに代わり通訳をしながら真木ちゃんが私に謝り、結花ちゃんも隣で一緒にペコリと頭を下げる。
「どんなに素敵な庭にも、予期せぬ虫が飛んで来たり、ある日突然見たことないような変な巣が作られてるのに気づいて仰天することってあるものね。それでも大事な庭のために、おそるおそる、ちょっとづつ虫の対象方法も学んで、こまめに雑草抜いて毎日水をやって落ち葉拾って‥そんな先に、ふと気づいたら、須藤さんは無敵のガーデニング経験者になってそうな気がするね」
結花ちゃんはそう言うと、突如つたない日本語になった谷原さんの背中にそっと手を置きながら、私にニッコリと笑いかけてくれた。
私があれだけ力任せに噛みついたというのに、痛かっただろうに、はー、ごめんなさい。結花ちゃん、やっぱりあなたは昔から麗しの菩薩さまなのかも知れないな。
なんだろうこの人達。
彼女たち3人と遠慮なく言い合い、ここ数カ月ひとり誰にも言えず、こらえて溜め込んでいたあれこれをぶちまけて、最後にだーだー泣いてだーだー流した鼻水をぶーんとかんですっきりしたのか、まさに憑き物が落ちたかのような、さっぱりと晴れ晴れとした気分になった。
谷原さん、結花ちゃん、真木ちゃん、それぞれに有能で、それぞれに見た目も麗しくて華やかで経済的にも精神的にも自立している、悔しいけれどこんな素敵な女の人達が、もし職場で夫にちょっかい出してきたら、家で夫を待つだけの私なんてかなうわけがない。
もしかしたら私は瞬時にそう思ってしまったからこそ、今日思わず必死に彼女らにいろいろ噛みついたのかもしれない。
でもこの人達は、私を幸せな人だと言った。自分と比較してどうこうではなく、あなたはあなたで幸せな人だと思う、と言ってくれた。
そんな彼女らを前に、私も、私とは違う庭を持つ女性たちの庭をみて、素直に「綺麗ですね、その花はなんですか?」と笑顔で話せる女になりたいと思った。そんな心持ちの女になれた時、また彼女たちに会う機会があったら、その時はきっと。
そうだ。私にはどんな遅くなっても迎えに来てくれる夫がいる。今日のところは、大好きな人と帰ろう、私たちの家に。帰って、いつもどおり、手をつないで二人で眠ろう。そして明日から、私は私の庭をまた、1から手入れし直そう。
今はただ、そう思う。
(小説・じゃない側の女~Side4満足させてもらえない側の女 完)
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