もちろん幾つになっても転べば痛いし激突すればこぶも出来る。さすがにどれだけ歳をとっても、痛みを感じなくなる日は来ないだろう。
ただ、どれほど時間がかかっても必ず立ち上がれること、そしてなんとか立ち上がれた時にはそれまでの自分では気づかなかった自分が見えてくる楽しみすらあることをも知った今は、もう転ぶことを過度に恐れる必要はない。
だとしたら、ここからは。
好んで転ぶこともないけれど、転んじゃう時はもうご機嫌に心地よく転がって、いけるだけいきたい。
どうあるべきかを頭で考えて、悲壮感漂う転がり方じゃなく、心のままに直感で行き当たりばったりを楽しみながら、せっかくなら嘘のない笑顔でうひゃひゃと笑いながら転がりまわりたい。
不安やプレッシャーなどヒリヒリする現実の中をこそ、感じるまま、思うままに、気持ちいいと思うことを、自分が心地よくなることを、素直に選んで動いてみたい。
限りある時間を生きる、たった一度の人生。
40年もの間、泣いて怒って傷ついて笑って立ち上がってきた今だからこそ、“不惑”の今だからこそ、人生を賭けて本当に欲しいと思うもの、やりたいと思うことを惑わずに求めてみたい。
べき、で生きるのをやめて
したい、で生きてみたい。
べき、で歯を食いしばるのをやめて、
したい、に夢中で没頭したい。
そんなこというと「何を甘いこといってるんだか」と、眉間にしわ寄せて即つっこみをいれそうな地に足ついた私が、私の中には確実にいる。
でもそんな私がいる今だからこそ、ここから先は「それでいいのだ、これでいいのだ」と、その時々の自分も丸ごと肯定し、いつだって楽しく笑ってご機嫌に転がりまわれる私でもありたいと思う。
そしていつかまた、新しい季節を誰かと二人で歩ける時が来たら、その時はひとりとひとりが寄り添いあって、一層ご機嫌に二人並んで歩けるように。そんな私になっていたい。
「じゃない側の女」である私史上、きっと今が最高の“女っぷり”。そしてこれからもっともっとあげていく。
女っぷり上々。大丈夫。
だってそう決めるのもまた、誰でもない。
私なのだから。
(小説・じゃない側の女 完)
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