子どもは唯一開いていた室内プールで泳ぎ、私はホテル内のジムで少し運動。あとは、念のためにと持って来たUNOとミニ将棋で遊んだり。
普段は美しいはずのビーチやプールも、こんな惨状でした……。
ガラス張りの足場から大水槽を上から覗くことができたり、ヒトデや貝など海の生き物に触ることができたり、大人でもワクワクしちゃいます。
魚だけでなく、動物エリアもあり、珍しい動物たちと近い距離でふれあえました。
子どもたちが喜んでいたのが、ナマケモノの餌やり。
だいたい2時間もあれば回れる規模で、空港から約20分の距離なので、飛行機の時間によっては、最終日の予定に組み込んでも良いかもです。
こちらはガラス吹き体験ができることが有名ですが、体験時間のタイミングが合わなかったので、今回は館内の見学のみとなりました。
こんな素敵なステンドグラスが出迎えてくれて、テンションが上がります!
琉球ガラスというと、ちょっといびつで厚手のやや無骨なイメージがありますが、作家ものの作品はかなり芸術性が高く感じました。
その他にも、ふつうのお土産屋さんに売っているような琉球ガラスとはひと味違うハイセンスかつお手頃価格で、普段使いできるものがたくさんありました。
琉球ガラスをお探しの方は、適当なお店で買ってしまうのではなく、一度琉球ガラス村を覗いてみることを強くお勧めします!気に入るものが見つかると思いますよ。
今回、沖縄南部に宿泊を決めた理由のひとつとして、子どもたちに沖縄戦のことを伝えたかったから、というのがあります。
私自身は沖縄に縁もゆかりもないですが、小学生の頃に読んだ様々な本から、沖縄で地上戦があったこと、たくさんの民間人が犠牲になったこと、戦争そのものの犠牲に加え、集団自決による犠牲者も多くいたことなどを知りました。
その当時も、なぜそのような事態が起きてしまったのか、ピンとこなかった部分もありましたが、私の子ども世代になると、もっと戦争が遠くなり、ただ教えるだけでは絶対に伝わらないと思ったので、どうしても現実に惨禍が起きた土地に来たかったんです。
私が、その前からしばらく動くことができなかったのが、「解散命令と死の彷徨」と題された展示でした。
ひめゆり学徒隊の少女だった方々が、約60年後に当時のことを語る映像なのですが、当初は何も知らされず、遠足気分で楽しく沖縄陸軍病院に向かったこと、そこで見た死を待つ傷病兵たちの地獄のような惨状、本土のために徹底抗戦しなけらばならないと決意していたこと、米軍の捕虜になるくらいなら死を選べと教育されそう信じ込んでいたことなどを、とても理路整然と、そしてリアルな言葉でお一人お一人が語っていかれます。
突如出された「解散命令」後、相次ぐ級友の死を目の当たりにしながら、寄る辺ない少女たちが願ったのが、生き残ることではなく、「爆弾に当たってひと思いに死ぬこと」だったことの悲しさといったら……。
そんな壮絶な体験をされているとは傍目にはわかり得ない、上品で聡明そうな老婦人となられた当時の少女たちが、大きな傷を心にしまって生きてこられた何十年を思うと、涙が止まりませんでした。
うちの子どもたちにも、きっと何らかの形で届いたはず、と思います。
しっかり見学すると3時間くらい必要になりますが、ぜひ時間を作って訪れていただきたい場所です。
毎年海とプールで終わってしまうので、違った楽しみ方ができてかえって良かったかもしれません。
我が家にとって、ある意味忘れられないひと夏の思い出になったことは確かです!