齋藤 薫から、悩める40歳へ 大人キレイの処方箋

2016年9月9日
本誌で好評連載中の、美容ジャーナリスト・齋藤 薫さんから悩める40歳へおくる、美と人生への処方箋。今回は、“人に見せない美しさ”について

改めて考える。 "人に見せない美しさ"で、女の格は決まるのか?

「ラグジュアリーなものは、裏も表も同様に美しい」そして「贅沢な裏地をつけた服が、貧しいはずがない」と語ったココ・シャネルは、ジャケットの裏地には型崩れしないよう、チェーンを縫い付けた。考えてみれば、重しをつけるためならば、チェーンでなくても良かったかもしれないのに……。ともかく、“見えないところにこそ贅沢をするのが、真のエレガンスである”という、偉大なるシャネルの主張は、その後も絶対の真理として生き続けている。

 例えば、下着のおしゃれ。“下着にこそお金をかける女が美しい”という価値観も、そこから派生したものに違いない。いやみんな頭ではわかっているのだ。見えない所ほど美しく……部屋の片付けができないのも、バッグの中がごちゃごちゃなのも、シーツをマメに変えないのも、自分の美しさを内側から壊していると分かっちゃいるけど、ついついおざなりになってしまうのが“裏地美容”なのだ。
 ところが厳密に言うと、そういうジレンマすら持っていない人もいる。はっきり言って、「なぜ汚れていないシーツまで変えなきゃいけないの? 意味がわからない」と言う人もいる。あるアンケートで、「ほつれた下着を身につけることがあるか?」には、4割近い人がイエスと回答していた。もちろん、本人の勝手。しかしそこに罪悪感を持つか否か、その差はとても大きい気がするのだ。
 ほとんど死語に近い瀕死の状態にあるけれど、「奥ゆかしい」という言葉がある。言うまでもなく、“上品で控えめなこと”だけれど、もともと「ゆかしい」は、心がそちらに強く惹かれることを指し、“明け透け”ではなく“秘めたる美”があるからこそ「知りたい、見たい」と思わせる。つまり、“見えないところにまで行き届いていそうな人”だからこそ、もっと知りたいと思わせるという意味にとってもいい。まさに日本語にしかない価値観だから、死語にはしたくない。日本古来のエレガンスを表現する言葉として、ちゃんと残すべきなのだ。そういう形容詞と共に、「下着にこそ贅沢する」という美意識も死んでしまうのだから。言葉自体が“お清め”みたいなものなのだし。

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