女に好かれる女、嫌われる女、 その境界線を今一度、考える

2016年10月14日
本誌で好評連載中の、美容ジャーナリスト・齋藤 薫さんから悩める40歳へおくる、美と人生への処方箋。今回は、“女に好かれる女、嫌われる女”について。

一生懸命に頑張る女は好きなのに、頑張りすぎる女は嫌い…その境界線はどこ?

 ひょっとすると先頃の選挙で、小池百合子都知事に対して持っていたイメージを、多少とも塗りかえた人が多かったのではないだろうか?
 ともかくヤル気。私にやらしてくださいという気概充分。今や何をしても、何もしなくても、叩かれる立場の都知事に今、あえてなろうというのは、ただの権力欲だけではないのだろう。ことに嫉妬深い男たちに一人で立ち向かっていく戦い方は、女性としてあっぱれだった。
 どちらにしても、私たち女は“頑張っている女の人”が好き。何かに一生懸命な人にはかなわないと、素直に思えるのが“女”なのではないかと思う。

 でもその一方で、頑張りすぎる女はダメ。一生懸命に頑張る女は好きなのに、頑張りすぎる女は嫌い……まずその境界線はどこにあるのだろう。これは明快。自分のためかどうか。多少とも人のため、が入っているかどうか。そこで好き嫌いが大きく分かれるのだ。
 ただ、小池さんの頑張りは自分のためでしょ? という見方もきっとあるはず。でもタレントがブログなどで自分のアピールに一生懸命になるのとは、やはり意味が違う。もちろん野望のためもありながら、全ては自分が世の中の役に立ちたいというアピール。世の中のためという気持ちが、大なり小なり伝わってきたからこその支持となったのではないか。
 そういう意味で、女に嫌われる典型的な例が、申し訳ないけれど、グウィネス・パルトロウであり、アン・ハサウェイ。どちらもハリウッドを代表する存在で、日本では誰も嫌っちゃいない。でもグウィネス・パルトロウは、庶民生活とかけ離れた私生活の諸々を公開して反感を買ったと言われるし、アン・ハサウェイはもっと気の毒なことに、ただただ一生懸命、それだけで大変なバッシングを受けている。一つのきっかけは、アカデミー賞を受賞した時、そのスピーチで見方によっては極めて大げさに喜びを表現した。それだけ。でもこの人は何をするんでも一生懸命。いや厳密に言うと、ちょっとだけ、一生懸命がワザとらしいという見方がされた。つまり、一生懸命なこと自体をアピールするような、そんな見方がされたのだ。

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