少なくとも私はそうだった。そうやって生きて来た。なかなかにヘビーだった。
大学卒業20年。つまりは入社20年。何ができなくても可愛くて許される「新人・若手」と呼ばれた時代ははるか昔。「子供の病気」や「旦那側の法事」といったエクスキューズを出せる「主婦」でもなければ「母」でも「嫁」でもない独身女。母として、嫁としての正当な理由や言い訳をもたないアラフォー独女は、そこそこ仕事をやって当然+やれて当然+できて当然とみなされがちだ。
なぜならあなたは自分の時間を、全てあますことなく自分の都合と自分のためだけに使えるのだから、と。だったらもっとやれるでしょ、だったらもっと頑張れるでしょといった有形無形の圧力。
そんなの全部あなたの気のせいじゃない? 被害妄想なんじゃない? と言われるかもしれないし、そうかもしれない。でも、もしそうなら、それこそ本当に疲れ果てていたのだと思う。
そう、私は結構な勢いで疲れていた。大学を出て入った会社で20年。産休育休とることないまま20年。私は多分、自分で思うよりずっと疲れていた。
だからつい、蓄積疲労の海でおぼれかけていた時に、たまたま手を伸ばした先に漂流していた流木に思わずしがみついちゃったのかもしれない。流木側も別に意志あって私のもとに流れて来たわけじゃないと思う。ただ、たまたま、ゆらゆら流れていたら私がいて、ぐいっとつかまれただけなんだと……向こうに言わせればそんなところかもしれない。
「その流木って元ダンのこと? なるほどね。じゃさ、ここからちょっと巻いていこっか。マスター、シャンパンおかわりー」理沙の声に、遠くでマスターが手をひらひらさせて了解のサインを出している。
「巻くって何を?」
「真木の話。だってここからやっと、3年で離婚に至った経緯に入るんでしょ? いわば失敗報告っていうの?」
しなくていいのに、理沙がしろっていうからしてるんじゃん。
「でもまあ終わったことだし、箇条書き風で“ちゃちゃっと”話してみよっか。あ、真木も自分で好きなの頼んでね。あたしのグラスしか頼んでないから」
「え? ああ、うん」
中高一貫の女子校で6年間一緒に育った谷原理沙は、40半ばの今からみればもはや「幼なじみ」のようなもので、大人になってから出会った人に言われたら殴りかねないような失礼な物言いや言動も、くそっと思いつつ聞いてしまう、悔しいながらも貴重な存在。
某有名ブランドのバイヤーとして、月の半分近くを海外で過ごす彼女は未だ独身で、5年程前、山手線の内側に素敵なマンションを購入し、一人悠々自適に暮らしている。インポートアパレルやハイファッションブランド、ラグジュアリーブランドでの経験を積みながら確か今の会社でもう5社目だったか。ポジションはマネージャーのはずだが、この人は昇格昇給に全く興味がない自称ただの「服好き」で、その時々の彼女の好奇心センサーに反応するブランドを渡り歩いている。それでも聞く限りでは、条件面でも着々とステップアップを続けているようだから恐るべしだ。
言うまでもなく常に「こなれている」彼女は、今日もデニムに先日NYで出会ったというショート丈のヴィンテージファーコート。どれだけ肌寒い日も、はだしにグッチのスリッパローファーと、コートと同系色のファーアクセサリーをつけたカゴバッグで合わせて来るあたりさすがで老け感ゼロ。
そんな理沙は中高のころからすでに「その他大勢」とは一線を画すユニークな存在だった。同じ制服を着ていても、革靴やカバンのセレクト、セーラー服のリボンの結び方やカーディガン、スカート丈など彼女流のちょっとしたアレンジとカスタマイズで同じ学校の生徒とは思えない程にあか抜けていた。英語は好きだし楽しいからやる。数学は嫌いだしつまらないからやらない。あの頃から、親や周りの人間が何を言おうが、常に自分の判断に基づいて行動する彼女は、多少強引で横暴なところがあろうとも、私にとっては憧れの存在であり、今もやっぱり魅力的な存在だ。
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植田真木(うえだ まき)43歳 金融会社勤続20年の管理職。「アラフォー独身女」でいることに疲れ、39歳で「可もなく不可もない男」と駆け込み結婚をしてみたものの…。
■Side1結婚してない側の女(全14回)を読む > -
谷原理沙(たにはら りさ)43歳 某有名ブランドのバイヤーとして、月の半分近くを海外で過ごす。後輩が次々と妊娠して産休に入るたび、「快く」送り出しているつもり、だけれど。
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畠山結花(はたけやま ゆか)43歳 ゼネコン勤務の一級建築士。同業のハイスペック夫と2人の子供、瀟洒な一軒家。「すべてを手に入れて」順風満帆な人生を突き進んでいるように思われるが…。
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