「全然おもしろくない」
「元ダン、仕事何だっけ?」
「デイサービス。私と結婚する2年位前に立ち上げたんだよね」
「介護とか福祉の仕事って、金融業界で20年の真木からすると未知の領域過ぎて、それだけで彼を美化したとかない? なんとなく崇高な仕事をしている印象を持ったというか」
「それはあるかも。人間らしい仕事をしている人なんだろうなって思った気はする」
待ち合わせした本屋で彼がニコニコと手にしていたのは、利用者さんとのレクリエーションの参考にとかわいらしい『折り紙』の本で、日経新聞にビジネス書を持つ男性ばかりの中にいる私にはそれがとても新鮮でほほえましかった。
「でも彼、収入そんなに無かったの? ご高齢の方は増えているわけで、需要は相当ありそうじゃない?」
「私も素人だから全く同じように思ってた。でも今やコンビニの数を上回って飽和状態とも聞くし、小規模デイサービスの運営はどこも厳しくて倒産も少なくないみたい」
「ふーん。これまではあまり縁がなかった世界だけど、正直親の年齢考えると、あたし達も少しは知っておかないとだね、そういう方面も」
「うん。で、彼曰くお給料を皆さんに払ったら自分の手元には2~3万しか残らないって。それすら家計にとられるのかと思うと、ああ結婚してなかったら俺このお金……って思うようになったみたい」
「にしてもさー、俺の人生今後はずっと上り調子だと思ったから結婚したって、そんな人いる? あのトランプさんだって何回か破産してるんでしょ? 誰の人生もそんないい時ばっかりってことはないってわかるでしょ、フツー」
「ですよね」
「貧すれば鈍するだっけ? 本当に厳しくて一杯いっぱいだったのかもしれないけど、だとしても四捨五入したら50にもなる男が嫁に言うかね、そのセリフ。自分が安泰でベストな状態にある時は優しい男なのかもしれないけど、本当の優しさとか強さっていうのは過酷な時にこそ見えるんじゃないの? いい歳してなんでその人選んじゃったかなあって真木にも思っちゃうよ」
「ですよね」
「でもそこ責めても仕方ないから、後学のためにとりあえず、何が一番辛かったか聞こうかな」
「一番?」
「たとえば、元ダンのお金に対しての考え方が甘いこと、実際にお金がないこと、とか突き詰めると何?」
確かにお金がなくて、家電やベッド、カーテン類の初期費用もすべて私が立て替えた。だけどそれは仕方ない。貯金は全く無いと知っていた。
借金がありながらも、習い事をしたがったり、ジムに通いたがったり、飲み会や登山や釣りに行きたがったりする悠長なところがむかついたのか? それも違う。確かにカード会社からじゃんじゃん借り始めたお金を少しでも前倒して早く返そうという姿勢がいまいち見えないところは不安だったしいらっともした。でもそこが一番嫌なところだったのか。違う。
どこか楽して儲かりたい、例えば駐車場やビルを転がすなど不動産投資に手を出して一発逆転ホームランを狙おうとするような危なっかしさが見え隠れするところが嫌だったのか。違う。それも違う。そうじゃない。
そうじゃなかった。私は。
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