もう20年近い付き合いになるマスターが、苦笑しながら、まん丸の氷の入ったお水のグラスと、キンキンに冷えたおしぼりをそっとテーブルに置いてくれた。
「勝手に泣いたのよ」と本日3杯目のシャンパングラスをひとり美味しそうに飲みながらサラリと言う理沙の頭をマスターはポンと叩く。
「ま、なんだかよくわからないけど、今日は二人ともしっかり吐き出してデトックスするといいよ。日ごろ溜めてた恨みつらみは吐けるだけ全部吐いて帰りな、毒は溜めるとデブでブスになるから」
「確かにー。怒りを溜めこむと、顔も体も激しくみるみるうちに醜くなるよね。40過ぎると顕著に出るねー、毒が体や顔に。だめだよね、それ。いいことないよね」
「そう、そういう毒ブス毒おデブはだめ、最悪」
マスターと理沙がうなずきあう。
「マスター、真木がやっと結婚したの」
「おおそうか」満面の笑みのマスター。
「で、最近離婚したんだって」
「おおそうか」さらに笑顔はじけるマスター。
「今、真木から離婚に至るまでの経緯をちゃちゃっと聞いたわけね。で、あたしは“中途半端はよくない”と思ったの。相手だけを責めるでもなく自分も責める私はちゃんとした人間だと思いたい。あたかも反省しているようで自分を100%省みるでもない。私は間違ってない、私は正しいと言うがための自分自身をだますまやかし反省ポーズ? そんなの意味ある? ないでしょ。だから真木にとって何が一番辛かったのか、それが言い換えれば真木にとって誰かと生きていく時に一番大切なことなんでしょ、それを今回ちゃんとわかってよかったじゃない?って言ったら勝手に泣いたの」
理沙の言い方は昔から変わらず、必要以上にどぎついけれど、ただの意地悪ではなく、本気で私を思っての彼女なりの言葉なのだということもまたしっかりと伝わってくる。だからこそいろんな思いの涙が出る。悔しいが止まらない。
「どうしてお前はそう戦闘的な物言いになるかねえ」
「マスター失礼な。今日は私、おもてなしで来てるのよ。真木の新たな門出にシャンパンご馳走しようと思って、ここに来たんだから」
「歓迎するよ。真木よく決めたな。俺もお祝いする」
「お祝いってどっちを? 結婚? 離婚?」
鼻水をすすりながらタオルに顔をうずめる私に代わりなぜか理沙が聞き返す。
「どっちもだよ。決めたってことが祝うに値する行動だからな」
そう。私は決めた。私が決めた。
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