「よく言うだろ? お前らがなんとなく生きている今日は、昨日亡くなった人がどうしても生きたかった今日かもしれないって。真木も理沙も、誰かがどうしても生きたかった今日を、存分に生きてくれよ。あー、気持ちよくしゃべっちゃったな、俺、一旦撤収するわ」
“かなりいいこと言ってやりました”的な顔で悠々とメインカウンターへ戻っていくマスターの背中に、私は心の中でもう一度小さくごめんなさいを送る。奥さんを亡くされていたなんて知らなかった。ごめんなさい、マスター。私、本当に心無いことを……。
なのに、私のためにおいしいお水を作ってくれてありがとうね、マスター。
「ところで真木は離婚したこと会社の人達に言ったの?」
「あえてプロモーションはしてないけど、いろんな手続きするのに直属の上司の了承サインがなぜか必要でね。だから広まるのはあっという間だと思う」
「ほんと男の人ほどそういう話好きだしね。独身アラフォーの植田真木がバツイチアラフォーになって戻ってきたぞ、と」
「バツイチってラベルに変わったところで、夫も子供もいない側の女に変わりはないから、お金も時間もあんた一人自分のためだけに使えるんでしょ。つまりもっと働けるでしょ! もっとやれるでしょ! 出来て当然でしょっ!ていうあの見えない圧は変わらずかけられることになるだろうけど」
「この際、離婚を盾にしばらく傷ついて弱ってるフリでもしてみたら? デトックスってことで断食でもして頬こけさせて痛々しいバツイチ女を演じるとかどう?」
「やだよそんな。でもまじめな話、一人に、つまり独身に“再び戻った”って気はあまりしてないんだよね。さんざん何周も考え抜いた結果、一人になることを“新たに決めた”って思ってる。だからなんていうかな、前より腹がすわったというか、進行形で座ってきている気がするっていうか。誰に何を言われてもまあ、もういいかって」
「おー、そこに自分で行きつくのが大事だよね」
「これって、面倒くさい度が増してるってことじゃないよね?」
「面倒くさくない女なんていないっしょ。どうあれ変わっていく自分を実感できるのは面白いじゃん」
「だね。これからの自分が初めてちょっと楽しみかも」
「なんかさー真木、さっきごめん。ちょっと言い過ぎたかも。その…いろんな意味でちゃんと腹落ちしたほうが、次に向けて突き抜けられるって思ったんだけど、余計なお世話だったね」
「ううん。ぼろ泣きしてすっきりした」
「そう? じゃよかった。とりあえず乾杯し直そう」
「何に? さっき結婚に乾杯してくれたから、今度は離婚に乾杯?」
「ちがうよ。真木の未婚、既婚、バツイチ、3階級制覇に! カンパーイ!」
ありがとう。よくわかんないけど カンパーイ!
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