「もずくのゼッポリーネと無農薬ルッコラサラダ、アクアパッツァに牛ハラミステーキと…」
と、あたしのおごりだからと容赦なくオーダーを入れ続ける真木の耳を後ろからぐいっとひっぱると、あたしは一つ報告をする。
「ねえ、あたしこの前、AMH検査受けたんだよ」と。
同時に「え? AMH? なんで?」となぜか背後から食い気味な反応と共に、ミルキーカラーのロングコートをはためかせながら、人目を惹きつけてやまないヒトキワ華やかな結花が現れた。
「今来る? しかもそう来る? 普通何それ?とかいつ?とか、どんな検査?とか、いくらした?とかまず聞かない?まあコート脱いで座りなさいよ」
急なカットインに動揺しつつも、言われるままあわただしくコートを脱ごうとする結花からバッグを受け取ると、今日は結花さん、某ブランドのこれまた麗しいクラシカルミニボストン。見かけによらず実はマチがしっかりあって収納力もあるとか、デザイン性だけじゃなくなにげに機能性も高いものを選んでは、お値段問わずオンオフ問わずごくナチュラルに容赦なく使いたおす。それは、結花が「美しい有閑マダム」なのではなく「仕事も出来る美しい女」なのだということを物語っている。
「はい、コート脱いだから続きを聞かせて。なんで?理沙独身でしょ? 子供欲しいの? あ、真木久しぶり。離婚したんだって? おつかれさま」
「おつかれさまって何それ。そもそもなんで知ってんの?」
「さっき理沙のLINEで」と一言告げるや、「ひどいー、扱いが軽すぎるー! もっと他にかける言葉はないのかー!」と騒ぐ真木とあたしの間に、ふわっと甘く透明感あるホワイトムスクの香りを漂わせながら颯爽と割って座った結花の興味は、真木の離婚ではなく完全にあたしのAMH検査に向いていた。
到着するや否や乾杯もしてないのに、自分の興味関心事についてのみ淡々と質問を続けるこの畠山結花は、子供を二人産んでもなお超一流企業でキャリア街道を突き進む聡明かつ麗しい才女だ。中学高校時代は6年通して常に成績優秀。が、女にしては珍しく表面上は喜怒哀楽を一切出さないクールビューティーだ。ちらっとゴールド輝くローズベージュのチークが今日もまた洗練された女感を否応なく匂い立たせている。その美貌と頭脳ゆえか同性であっても周りの腰がひけるほどに、近づきがたいオーラは半端なく、あたしの知る限り中高時代から総じて友達は少ない、はず。
さらに今日でいえば、耳元にさりげなくつけたハイジュエラーのアコヤ真珠の一粒ピアスのように、彼女は流行に左右されず、一生愛せる質の高いエレガントな名品だけを選び抜き手にいれていく女だから、その上質な感じがまた一層近づきがたいオーラに拍車をかけているのだと思う。こんなルックスと美貌でかつ一級建築士。そんな人もいるのです。
結果、相手が誰であろうとひるむことのないあたしと、相手が誰であろうと一貫してニュートラルな真木だけが、長年にわたり彼女の親友をやっているというわけである。
いろんな意味であたしと結花の中間が真木。あたし達3人が集まると、大抵真木は聞き手に回り、結花とあたしの料理と飲み物の面倒をそれはきめ細やかに見てくれる。今日もすっかりサーブ役におさまって、あたしと結花の顔をニコニコと楽し気に眺めている。
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植田真木(うえだ まき)43歳 金融会社勤続20年の管理職。「アラフォー独身女」でいることに疲れ、39歳で「可もなく不可もない男」と駆け込み結婚をしてみたものの…。
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谷原理沙(たにはら りさ)43歳 某有名ブランドのバイヤーとして、月の半分近くを海外で過ごす。後輩が次々と妊娠して産休に入るたび、「快く」送り出しているつもり、だけれど。
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畠山結花(はたけやま ゆか)43歳 ゼネコン勤務の一級建築士。同業のハイスペック夫と2人の子供、瀟洒な一軒家。「すべてを手に入れて」順風満帆な人生を突き進んでいるように思われるが…。
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