"妊娠しました、あたしの人生絶好調女子"の発言【小説・じゃない側の女~Side2産んでない側の女 Vol.8】

2017年6月16日
【連載第8回】谷原理沙(たにはら りさ)43歳 某有名ブランドのバイヤーとして、月の半分近くを海外で過ごす。後輩が次々と妊娠して産休に入るたび、「快く」送り出しているつもり、だけれど。(全15回)
「あのー理沙さん、私、できたみたいなんです」

ランチミーティング終わりに、一人の女子が話しはじめた。

「それはおめでとう」

「あれ? びっくりしないんですか? もしかして気づいてました? さすが理沙さん! なんでもお見通しですねー。そうなんですー、できたんですよー」

一人盛り上がるこの女子は32歳。もしかして気づいてました?って。あれだけランチでガバガバコーヒーお代わりしまくってた女子が、ある日を境に「あ、私は玄米茶お願いします」なんて言い出すわ、女は8センチヒールが一番美しいんです!と力説していたのに、ある時からいきなり見たこともないスニーカーはきはじめたら、あからさますぎて気づかない方がおかしい。

「もういい歳なんで、結婚するって話が出た時から、いつできてもいいとは思ってたんですよね。もうばばあゾーン目前ですしね。35から高齢出産でしたっけ。ギリセーフですよね。歳いって出産すると、どこかに何か問題が出る率がぐんとあがるって聞くじゃないですか。それは赤ちゃんにも悪いし、私も自信ないし。だからもういつでも!って思ってたら、ほんとにすぐ出来たんですよねー。これ出来ちゃった結婚じゃないですよ。結婚するって決めたから作ったんですよ、そこ間違えないでくださいね。めでたいことを一度に迎えられるって効率的ですよね。ただなんていうんですか、やっと念願のバイヤーになれてこれから本格スタート!って時にちょっと惜しいなあとは思いますよねー。いやー、なんかちょっと複雑だなー」

あたしはゆっくりと食後のコーヒーを静かにすすりながら、今回も「またか」と思う。

不思議なことに、『妊娠しました、あたしの人生絶好調』モードの女子は、幸せアドレナリンが出まくっているせいか、誰でも少々無神経な発言を吐きつつ喜びを語る。そして実によくしゃべる。

目の前にいる相手の年齢や、その人に子供がいないことも、出来るかどうかもわからないことも、出来ないからいないのかもしれないことも、そんな気遣いなんて一切ない容赦ないわが喜びの報告。

あたしのようにまだ切実に子供を欲して妊活しているわけではない女でも、その妊娠歓喜の物言いには、時に心がざわっとするんだから、妊活にお金も時間も体力も、持ちうる全精力を投入中の女子がこんな「無邪気」な言葉を浴びせられたら、多少なりともざわっとすることだろう。

けれど、そんなざわっと感はおくびにも出さず、内心どうあれ、それはおめでたいね!というアルカイックスマイルをキープする悲しくもすばらしい習性が、大人社会で20年近く生きてくるとすっかり身についている。

アルカイックスマイルとは、彫刻とか古代日本の仏像にも見られるあの口元が微笑している感じ。あれです。目は笑ってなくても口元は微笑みをたやさないっていう、あれ。
  • 植田真木(うえだ まき)43歳 金融会社勤続20年の管理職。「アラフォー独身女」でいることに疲れ、39歳で「可もなく不可もない男」と駆け込み結婚をしてみたものの…。

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  • 谷原理沙(たにはら りさ)43歳 某有名ブランドのバイヤーとして、月の半分近くを海外で過ごす。後輩が次々と妊娠して産休に入るたび、「快く」送り出しているつもり、だけれど。

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