「じゃ何が出たの?」
「クロマイ」
キョトンする理沙。
「何? クロマイって。黒米? 真木、わかる?」
「うん、あれじゃない?100円玉くらいの。腟錠だよね。細菌性膣炎の治療薬。抗生剤」
正解。真木、あなたも使ったことあるの?
真木の説明を聞いた理沙が自分の指で作った100円玉をまじまじと見ながら言う。
「膣錠って、え? 結花、あそこにこんなサイズの薬を入れてるってこと? しかもそれが出てきちゃったの? やだー」
やだーはこっちのセリフだ。ここのところ、おりものの量と臭いがちょっと気になって、ただでさえ無い時間をやりくりしてなんとか病院に行ったのだ。
「ちょっとその、痛みもかゆみもあったから。そしたらクラミジアと淋菌の検査、一応しておきましょうって女医さんに言われて」
憮然とする私の顔を見て、理沙が茶化す。
「なんだ婦人科行って検査してるの、あたしだけじゃないじゃん。結花もじゃーん」
「だからこれはお医者さんの方から検査した方がいいっていうから。実際痛がゆいわけだし。怖いじゃない、なんか変なのもらっちゃったら」
「もらっちゃったら?って誰から?結花何かしたの?」
「何かって、しただけだよ。久々に。何年ぶりか忘れちゃったくらい久々に。無性にしたいなーって思って」
「あれ?旦那とは二人目が出来たあの一発以来、してないんじゃなかった?」
「あの人とはしないよ。するわけない。やめてよ気持ち悪い」
「じゃ別な人ってわけ?」
「うん。大学の時のサークルの先輩」
そう、10年ひと昔というならもはや大昔の大学時代に憧れだった1つ上の先輩。たまたま、何十年かぶりにエレベーターで遭遇し、それからLINE交換して連絡をとりあうようになり、どうにもストレスがたまると母に子供らを預けては、おいしいお酒をご馳走してもらう気のおけない先輩だ。
昔はモデル張りのルックスを誇る先輩だったが、20年経った今は、ほんとにしなびて、脂の抜けきった鶏がらのようなおじさんになっていた。あんなにアイドル的存在だった人も、20年経てばこうも見る影なくなるものなんだな…と会うたびちょっとせつなく感じるほどの変貌。
「結花、そんな残念な人としたの?」
「うん」
「その人既婚者? よね? 逆に独身の方が面倒くさいか」
「うん。既婚者。子供もいるよ」
「エレベーターで会ったって、まさか社内?」
「まさか! 今さら社内の既婚者相手なんて、リスクしかないよ、なーんもいいことない。同じビルの別の会社」
「なるほど。そういうとこはさすがに冷静なのね」
「知らない人はいない某大手企業の部長さまだよ。そういう立場ある人は、良くも悪くも賢いから馬鹿なことはしないでしょう? つまり面倒くさいことは一切ない間柄ってこと」
「あたしにはいい恋しろとか言ってたけど、結花のそれはいわゆるつまみ食いだよね」
「理沙や真木はまだ独身だから、ちゃんとした恋したほうがいいって言ったの。私のこれはただの欲求不満解消です」
「飲んだ勢いでしちゃったとか?」
理沙、あなたじゃあるまいし、は飲みこむ。
「20代じゃないんだからそれはない」
「じゃ、意識がちゃんとある時にしようってことになったんだ」
「まあ、学生時代の先輩後輩だから、飲むと臆面もなく、結花のこと気持ちよくしてあげたいなー俺なら出来るのに程度のことは耳元でちょいちょい言われてたわけ」
「そこだけ聞くとただのエロおやじしか想像できないけど」
「そうだよね、昔はキラキラ王子様でも今はただのがりがりにやせ細ったおじさんだからさ、フェロモンも何も醸し出してはいないんだけど」
「楽しく飲む先輩って人と、どうして本当に『いたす』に至ったの?」
食い気味に話に夢中になる理沙と、私のグラスがあきそうになると、時折声をあげて笑いながらも私たち二人のやりとりを聞いて微笑んでいる真木が黙ってそっとシャンパンを注いでくれる。当の夫婦にしかわからない事情や経緯があっての離婚だろうが、こんなふうに周りをみてほどよく動き、これみよがしでなく自然と面倒をみられる女は、いそうでいないものだと思う。なのに、軽々しく手放した元ダンって、やっぱりちょっと頭悪いんだろうな。
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