子育てと仕事、どっちも手放したくなくてじたばたして。子供二人も産んでるのに、20年近く今の会社に勤めているのに、いまだへこむことも混乱することもまだまだあるんだよ。無くならないよ。悔しい思いもまだまだしてるよ。これが面白い人生を生きてるってことなのかな。ほんとに?私、まだそう思える域には全然至ってないけど。
そこへ、マスターがおいしそうなチーズケーキをホールで運んできてくれた。
「これは俺から真木に、リニューアルオープン祝いのプレゼント。ほら特別にホワイトチョコでプレートは3枚作ってもらったから。祝! 植田真木。祝! 谷原理沙、祝! 畠山結花」
「マスター、結花とあたしは何のお祝いすればいいの?」
「逆に聞くけど、なんかないのかよ」
「急に聞かれても」
「じゃお預けな。なんか思いついたら申告しろよ。そしたらやるから。じゃごゆっくり」
「ちょっと、チョコ置いてってよ! なんだよケチー!」
マスターからチョコプレートを取り戻そうと追いかける理沙に構わず、真木は黙ってケーキを等分にカットしはじめる。
金融業界で働く真木は、アパレルブランドの最前線で活躍する理沙のように、バッグだって靴だってブランド物や最新の流行を常におさえたり、持っているというわけではない。ネイルだってしている時もあればしていない時もある。が、彼女からはいつもいい女臭が漂う。どういえばいいんだろう、白いシャツとトレンチとデニムをさらりと着こなす、媚びずに揺るがぬいい女臭。
ねえ真木。私は?
私からは今、どんな女臭がしてる?
真木が醸し出すものと私が醸し出すもの、反発買う度はそんなに違う? 何が違うのかな。
そんな心の声が聞こえてか、
じっと真木の手元をみつめる私に
「ん? 結花もう食べる? フランス産のクリームチーズとフランス産の高級マロンムースを合体させたチーズケーキって書いてあるよ。美味しそー。はいどうぞ」
真木はカットした最初のケーキを手渡してくれる。
そこにマスターから力ずくでチョコレートプレートを取り戻した理沙が、向こうからものすごい勢いでかけてくるや、突如声をひそめて言った。
「ちょっと前からすぐ後ろの丸テーブルに座ってる、あの一人で来てる女子。さっきからやけにこっち見てない? 気にはなってたんだけど、二人の知り合い?」
誰? 見覚えある…ような、ないような。
「あれ?須藤さん、須藤慶子さんじゃない?」
真木が誰かの名前を口にする。
「誰だって?」
「写真部の須藤慶子さん」
ああ。いたかも。何度か同じクラスになったことはあっても、部活もグループも違い、ほとんど個人的な会話をしたことはない女子だ。
「せっかくだから声かけてみる? ケーキも3人分以上あるし」
カットしたチーズケーキを理沙の前に置き、マスターから取り返してきたプレートをそっと飾りながら真木が言う。
「いいけどあたしまじめに彼女、全然思い出せないわ。ほんとにいた?」
眉間にしわを寄せながらぶしつけなまでにじーっと彼女を見続ける理沙に苦笑しながら、さっそく真木が声をかけにいくと、その女性はおもむろに立ち上がり、私たちのカウンター席に顔を向けた。
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植田真木(うえだ まき)43歳 金融会社勤続20年の管理職。「アラフォー独身女」でいることに疲れ、39歳で「可もなく不可もない男」と駆け込み結婚をしてみたものの…。
■Side1結婚してない側の女(全14回)を読む > -
谷原理沙(たにはら りさ)43歳 某有名ブランドのバイヤーとして、月の半分近くを海外で過ごす。後輩が次々と妊娠して産休に入るたび、「快く」送り出しているつもり、だけれど。
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畠山結花(はたけやま ゆか)43歳 ゼネコン勤務の一級建築士。同業のハイスペック夫と2人の子供、瀟洒な一軒家。「すべてを手に入れて」順風満帆な人生を突き進んでいるように思われるが…。
■Side3あきらめない側の女(全14回)を読む > -