表情には何ひとつ出ない私が、いつもうまく言えずに言わずに堪えたことで奥深くに押し込めざるを得なかったたくさんの悔しさに彼女たちは気づいている。久々に思い出した、この人達は昔からずっとそう私に伝え続けてくれてきたってことを改めて。
仕事において必要なロジカルな説明はいくらでも出来るけれど、自分の思いや感情を表現し人に伝えることは昔からとにかく苦手な私を十分理解し、それでいいとしたうえで、味方でいてくれる理沙と真木という友達の存在の大切さは、若い頃より40を過ぎた今の方がずっとずっとよくわかる。
「須藤さん」
うまく伝えられるかわからないけれど、真木と理沙からの無言のエールをうけ、私は勇気を出して口にしてみることにした。教科書を隠されても捨てられても、黙って誰にも何も言えなかったあの頃と私は違うんだ。
「何でもね、あきらめずに続けるってことは楽じゃない。瞬間風速的にあれやこれや手にすることは運があれば可能かもしれない。でも持ち続けるってことはそんな簡単じゃないと私は思ってる。だからもし、他人から見て、私がなんでも持っている、持ち続けている女に見えるとしたら、それは、他人に見えるか見えないかは別として『すごいね』の一言では片づけられたくない私なりの踏ん張りの上に成り立っているの。やっかみたければやっかめばいいし、何とでも言えばいい。でも私は何もやめないし、どれもあきらめない。夫も子供も家も仕事もキャリアも経済力もすべて、私は持ち続ける。ただあなたは私のこと、何でも欲しがる強欲女みたいに言ったけど、私は物欲が旺盛なわけじゃないの。その…ストレス発散でつい買い物で憂さ晴らししちゃう弱さは否めないけど、でもやみくもに物欲が旺盛なのとは違う」
理沙と真木がにっこりするのを見て、私は深呼吸する。
「もうちょっとだけ、話してみてもいい?」
「どうぞ」須藤女史は黙ってうなずいた。
「経済力を持つってことはね、自分で立つということで、自分で立つから初めて自分の思う方へ歩いていけるんだって私は思っているの。自分の思う方へ歩いて行けるってことはつまり、人生の選択肢を多く持てるってことだと思う。高価なバッグや服や時計が買えるとか買えないとかそんな話じゃなくて、どう生きよう、次は何しようってワクワクする人生の選択肢をひとつでも多く持てること、持ち続けられることが私には大切で、何より嬉しいし楽しいの。もちろんその分、本来ならしなくてもいいような無様な迷走をしたりもしちゃうけど、それでも『これでいいのだー!』って、いつかバカボンのパパみたいに言えるようになれたら楽しいだろうなって今は思ってる」
かつては会社が掲げる素敵女子のロールモデル候補筆頭だった私が、40過ぎてちびっこ子育て真っ最中って、いまや会社としてもすっかり扱いにくい存在化しちゃって、ほんと情けないほどに立ち位置やキャラ作りに日々迷走で全く菩薩然となんてしてられない今日この頃。それでも。いや、だからこそ。
この先は「これでいいのだー!」と、自分で自分にいってあげられる女になりたい。
正解か不正解。受験地獄の頃からずっと、いつもヒトに○×をつけられ、会社に入ってもなおヒトに評価され続ける毎日。もうそれはいいかな…。○でも×でも込み込みで、丸っとあははと受け止めればいいんじゃないかな。
そう笑い飛ばせる日まできっと、何度うずくまりそうになっても、投げやりになりそうになっても、これまでもこれからも、私にはどんな時もつかず離れずなにげにそこにいてくれる、ちょっとおかしな友がいる。
この人たちと3人そろってそれぞれに「これでいいのだー!それでいいのだー!」と50になっても60になってもお互いに言い合っていけたら…。
そう40半ばの今、私は強く願う。
精一杯思いを伝えた私を前に、ぱったりと黙ってしまった地雷女史=須藤慶子に、真木がゆっくり語りかける。
「もしかしてさ、須藤さんもあきらめたくないものがあるんじゃない? でも思うようにいかないとか。せっかくだから旦那さん来るまで須藤さんのぶっちゃけ話もしてみちゃう? 全員順番ってことで。ね?」
真木の驚くべきフリに、須藤慶子はふーっと息を吐いた。
(小説・じゃない側の女~Side3あきらめない側の女 完)
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