いよいよ退院。車の揺れやシートベルトが傷口を刺激するなど娑婆の洗礼を受けながら食い意地爆発、病院からコメダ珈琲に直行したケビ子。
乳がん・ニューライフ (第14回はこちらから)
第15回はがん封じ神社を参拝した話。
粗大ごみを出し、新しい家具を入れ替え、汚れが取り切れていなかった床はピカピカになっており、なんとも気持ちの良い部屋に生まれ変わっていた。
「君が帰ってくるから」と掃除を頑張ったという夫は世界一かっこいい男なのだ。
きれいな部屋に迎えられるというのは「帰ってきて良かったんだ」という暖かい歓迎の証しである。聞けば今年に入ってから約半年の長期出張をしていた夫が「週末帰宅するたびに部屋がきれいでとてもうれしかったからそのお返しだ」と言うではないか。
美談に聞こえる反面、夫がずっと欲しがっていたヴィンテージ家具をしれっと買っていたことは愛嬌だろう。とても座り心地がよく快適である。
かくして帰宅し、まずはシャワーを浴びてさっぱりしたいのだが、入院中にシャワーを浴びたのは一回だけ。看護師が近くにいない環境でおっかなびっくりのシャワーとなった。
知識がないと言うのは厄介で、袖がひらひらしたTシャツにサスペンダーパンツを履いて入院し、退院してきた。術後の腕が上がりきらない状況でかぶりのシャツの脱ぎ着がこれほど難しいかと思った後にさらにサスペンダーが胸元にあたって痛みを感じる。
乳がんで入院する人に薦めたいのは前開きのシャツにゴムのパンツだ。ストッキングやガードルも退院時は力が入らず履けないから、見た目は気にせずパジャマのような服装が良い。
シャワー、シャンプーはいつも以上に時間がかかったものの、すっきりさっぱり快適の極みである。体液を出すドレーンを外した後の傷口を覆っていたガーゼも外して見たら体液も血液もほとんどついておらず、身軽になった。残るは傷口に貼ってある半透明のマスキングテープのような不織布のテープのみ。
義母が入院中は殺風景だから、ベッドに派手な掛物があると華やかになっていいのよ、とハワイアンキルト柄の大きなタオルをプレゼントしてくれた。
ベッドにかけると確かに華やかでありがたい贈り物であった。その状況を写真に撮って送ったところ思いがけないものを見つけて義母は泣いたと言う。
「ケビ子さんはなんでも自分でしちゃうとは思っていたけど、こんなことまでさせちゃって可哀想で、本当なら私たちがちゃんとしないといけないのに、ごめんなさいね」
ベッドサイドに置かれた「がん封じ」と書かれたお守りを見て義母は泣いた。
新橋駅から徒歩5分ほどの烏森神社は全国でも珍しいがん封じの神社。新橋ならすぐ行けると夫に聞いてみたところ、「君ね、そういうことしたって今更変わらないんじゃない? 病気になって宗教にはまる人と同じじゃない? 」と冷酷でがっかりした。
要するに面倒だから俺は知らないという態度の夫が出張に出かけた日に一人で参拝した。神頼みしたところで既にがんだし、何かが変わるわけではないという夫の意見も理解できるがどうにも参拝したかったので祈祷とお参りをして気分すっきりと入院できたのである。
お守りを見て義母は夫を叱ったそうだ。
「あんた! ちゃんと面倒全部みなさいよ! 家事も全部あんたがしなさい! 」と。
「はいわかりました、どうもすみません」と覚醒した夫。
そんなわけで居心地が良くなった自宅にいつもに増して過保護な夫。
何かしようとしても逐一夫が目を光らせる。できることはしたいのだと主張しても「俺は君の手足になるんだ! 」と私が動くことを嫌がる始末。効率は悪いがそのうちほとぼりが冷めるだろうからありがたく世話をしてもらい、家事も甘えた。
夫は参拝に一緒にいかなかったことも詫びてくれ、術後の辛さを理解しようと努めてくれている。
やはり男と言うのは母親の言う事には素直なのだ。
つづく
※次回【Vol.16】は7/22公開予定です。
治療等の条件はすべての方に当てはまるわけではありません
43歳で結婚、47歳で乳がん。
心配性の夫、奴さん(やっこさん)はなぜか嬉しそうに妻の世話を焼いている。Instagram(@kbandkbandkb)ピンクリボンアドバイザー(初級)資格保有