谷原さんがびっくりした顔で大声をあげる。なんで? さっきあなた達がそう話していたじゃない。
「さっき、学生時代の既婚の先輩といたしたとかって聞こえたから……」
まるで私が聞き耳をたてていたようでなんだか恥ずかしいけれど、聞こえてきたのだから仕方ない。
「あーびっくりした。あれか。あれはそれこそ須藤さんの旦那のデリヘルみたいなもんだよ。結花、したいからしただけでしょ? お互いに今の家庭を捨ててでもこの人と生きていきたいの!とかほんとに好きなのはあなただけとかいういわゆる不倫とは全然ちがうよね」
なんだそれかーとでも言わんばかりの顔でほっとする谷原さんの言葉を受け、結花ちゃんはまたまた冷静に答える。
「うん。したいなって思った時に、面倒なこと抜きで出来る相手って女もいてよくない? 男には風俗があるけど、女にはないじゃない? まあネットで探せば何かあるのかもしれないけど、基本はないじゃない?プロ相手が無理なら素人相手しかないものね。でも素人はプロと違って商売じゃないだけに、何かややこしいことになって問題が起きたらそれこそ大変でしょう?だから常識があってきちんとした人じゃないと簡単には出来ないよね。私の場合その相手がたまたま既婚だったというか」
淡々と語る畠山結花に驚いてしまう。彼女ってこんな人だったの? 冷静だけど言ってる中身はすごくない? 菩薩のような聖人君子然とした清く正しい優秀生徒代表みたいな女子だと思ってたのに……違ったの? それとも変わったの? 常識があってきちっとした人が自分の配偶者以外の人とします? おかしいでしょ、その時点で。
目を白黒させる私をみた結花ちゃんは、
「あの、須藤さん目が点になってるから一応言っておくけど、私は別に責任を伴わない刹那的な快楽を常時求めて喜ぶようなアホな女ではないから誤解なきようにね。あくまでも今お話ししたのは、緊急処理というかね」
とさりげなく言葉を足す。緊急処理。何だそれ。
そこへさらに谷原さんがまたわけのわからない発言を乗せてくるから一層ややこしくなる。
「最近急にゲス不倫なんて言葉がはやって、ゲスって響きがものすごい汚くて低俗な印象を生んでるけど、まっすぐ本気の恋愛してた気持ちは汚くなんてなかったと思わない? もちろん不倫を正当化する気なんて毛頭ないけどさ」
え? 何いきなり。この人、今度はかつて不倫してたっておっしゃってます?
「理沙、今、須藤さんの顔が明らかに曇ったよ」
真木ちゃんが笑って谷原さんをたたく。
「えーやめてよね、道徳的にいいか悪いかなんてことは言われなくてもわかってるから言わないでね、腹立つから。須藤さんに言われなくてもガッコ通ってればみんなそんなの知ってるから。知ってるにも関わらず、働く女って一度や二度は道ならぬ恋しちゃう確率そこそこ高い気するんだよね。真剣に働く女であればあるほど、会社組織で群を抜いて圧倒的に仕事が出来る大人の男が素敵に見える時期があって。昔スキー場でスキーのうまい人が5割増しでカッコよく見えたのとまったく同じマジックだね。遠い昔の若かりし頃の話だけど、私も4年でしょ、真木はもうちょっと長かったっけ? もうすぐ離婚成立する、もうすぐだから待っていて欲しいっていう相手の言葉を心底信じて、一途に想って待ってたよね」
えーーーーーーっ‼ 真木ちゃんもこの人も、既婚者と恋愛していたの!? この3人大丈夫? 揃いも揃ってみんなちょっとずつおかしいんじゃないの? いや、それとも働く女達ってみんなそんな乱れてるのか?
なんなの? なんなの! 怖いんですけど!
-
植田真木(うえだ まき)43歳 金融会社勤続20年の管理職。「アラフォー独身女」でいることに疲れ、39歳で「可もなく不可もない男」と駆け込み結婚をしてみたものの…。
■Side1結婚してない側の女(全14回)を読む > -
谷原理沙(たにはら りさ)43歳 某有名ブランドのバイヤーとして、月の半分近くを海外で過ごす。後輩が次々と妊娠して産休に入るたび、「快く」送り出しているつもり、だけれど。
■Side2産んでない側の女(全15回)を読む >
-
畠山結花(はたけやま ゆか)43歳 ゼネコン勤務の一級建築士。同業のハイスペック夫と2人の子供、瀟洒な一軒家。「すべてを手に入れて」順風満帆な人生を突き進んでいるように思われるが…。
■Side3あきらめない側の女(全14回)を読む > -