「にしても、なかなか笑える小話だったなー」
「小話って、人の結婚生活をよくもそんな…」
「真木の元ダンはさ『俺が』を最優先することが小さい頃から許される環境に育った男なんじゃないの?」
「あっ……」
「何? 変な声出さないでよ」パシッと理沙に頭をはたかれる。
「ごめん、それで思い出したことがあって。私、結婚する時に聞いたの。なんで私と結婚するの?したいの?って。そしたらあの人こう答えたの」
“真木といると、『俺が』楽しくて嬉しいからだよ”って。
そうだ。彼の主語は最初から一貫して『俺が』『俺は』だった。俺たち、でも、真木を幸せにしたいから、でもなんでもなく、すがすがしいほどに明快に「俺が楽しくて嬉しいから結婚する」だった。そしてそうじゃなくなったから離婚する…か。今更ながら酸欠でちょっとめまいを起こしそうになる。
「まあさ、お前の為にムリして俺は頑張ってるんだ!なんて恩着せがましいこと言われるより、『俺』が主語で楽し気に生きてくれる男の方が魅力的だとは思うけど、じゃあ俺が楽しくないことは、人でもモノでも仕事でもいつでもなんでも捨てたり逃げたりして許されるかっていうと、誰の人生もそんなに甘くはない気はするよね」
「仮にも、健やかなる時も病める時もって神様の前で誓った人からわずか3年でもう大事じゃないって面と向かってはっきり言われるのって、なかなか衝撃だよ」
「あら真木さん、あんたもそこそこの数の男と付き合ってきたはずなのにまだ学んでなかったの?」
「何を?」
「男の言葉はその時々で真実なのよ。だけど、真実だからといって永続性があるとは考えないほうがいいってこと」
「うわー名言ぽいけど、結婚式の誓いくらい永続性があるって思いたいでしょ、普通。まあ理沙のリクエストどおりちゃちゃっとカイツマンデ話すと私の結婚離婚はこんな感じ。くだらないなって思った?」
「笑えるとは言ったけど、くだらないなんて言ってない。人生に起きることでくだらないことなんて何一つ無いわよ。仮にあたしにとってくだらないことでも、あんたにとってはくだるのよ。逆も同じ」
そう言いながら理沙は黙って長い時間、ぎゅーっとハグしてくれた。こういう理沙のそっけなくもあたたかい言葉やハグが、今の私の心の傷跡にはじんわり染みる。
「俺、なんかもひとつちょっとわかった気がする」
私たち二人の隣で静かに目を閉じていたマスターが、ふーっと勢いよく鼻からたばこの煙を吐き出した。
「真木が結婚相手に求めたのは“真木が真木のままであること、そこにいることをただ喜んでくれる人”なんじゃない?」
「…うーん、そうかな?」
「で、お前は元ダンの発言を都合よくそう解釈したんじゃないか? 彼はただ真木といると『俺が』楽しいって言っただけで、そのままの君で居てくれたらそれでいい、なんて全く言って無かったんだろうけど」
マスターもういいってば、おなか一杯です。
「まあでも、結婚して離婚して、今の真木なら大事なこと、わかったんじゃないか?」
「何を?」
「誰がいてもいなくても、真木は真木なんだってこと」
ああ。はい、ちょっと、やっとそんな気が。
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