「当たってないし」
「そんな状態で15000円を払うなんて、謎過ぎるわ」
謎だとは自分でも思うって。でもしつこいようだけど子供のことに関しては、ほんと決めきれないの!これまであたしは常に明確に自分の意志で道を選んできた。特に仕事とキャリアのことは、明確に意志をもって転職もステップアップもしてきたと思う。
けれど、子供のことってどう考えたらいいのか…、40過ぎてもなおわからないのだ。ただ、やっぱり80歳になってから考えたってこればっかはだめそうじゃないさすがに。考えるなら今なんでしょ?今ってか、すでに遅いって言う人も多いくらいなわけで。
「もしかして、だから何か数字で見えたら自分の腹が決まるきっかけになるかもしれないって考えたわけ?」
どの角度から見ても美しい結花は、まだ怪訝そうな顔をしながらも、あきらめずにあたしの思考回路をひとつずつ紐解いて理解しようとする。そう。その通り。
AMH=妊娠率じゃないってわかってるけど、少なくとも持ち球がどの程度残っているかどうかの目途がわかれば、数字でリミット感を生々しく目の間に突きつけられたら、あたしはその時どう思うんだろうって思って。限りなく残りが少ないって結果が出たら、焦って結婚考えるかとか、不妊治療し始める…かというと、それも正直イメージわかないけれど、でもわからないじゃない? まざまざと数値で「可能性」と自分の状態を見せられたらぶわーっと動き出したくなるかもしれないし。
「ちなみに、理沙に迫力ある迫り方した先ほどの後輩女子は、妊活うまくいってるの?」
「大変そう。彼女35だけど、無駄な時間を使っている場合じゃない!って、今は体外受精に取り組むことにしたらしいんだ。ある方面で有名なドクターを紹介してもらって、何回チャレンジしたって言ったかな。みるみる貯金通帳のお金が減っていくけれど、有意義な使い方をしてると私は思っています!ってこの前ご飯食べた時言ってたよ」
「そう。精一杯の最中なわけね。だとしても、そんな話ってそもそも人に話すもの?」
「言わずには居られないんじゃないの。子作りに関して一見真摯さのかけらもなく、のほほーんとしているあたしみたいなのを間近で見ると、単にイラッとするんだと思う」
「その子の旦那さんも、切実に子供が欲しいわけ?」
「欲しいから一緒に妊活してるんだとは思うけど、毎回、結果ダメだった、ってわかるとね、『気にするなよ、仕方ないさ』ってニコニコ笑顔で言うんだって。それはきっと彼女を思っての言葉だと思うけど、彼女にとってはカンに障る言葉らしい。こっちは真剣にやってんだ、気にするに決まってんだろ、仕方ないってなんだよ、ふざけんな!って思ったこともあるって。そんな話を笑いながらもちょっとせつなげにしてくれるんだよ」
「でもそれは彼女の問題で、独身の理沙に聞かせる話でもないよね。そんな話してくる彼女に理沙はイラッとしないの?」
結花は一定のトーンで心療内科の問診かのごとく淡々と質問を続ける。
イラッとするか? しない。それはなぜか。彼女は上から目線で大変ねとか頑張ってねと言ってきているわけでもなく、子供がいるのが正解だよ幸せだよという押しつけをしてきているわけでもない。
ただあたしは真剣ですよ、後で後悔しないために。理沙さんあなたはへらへらしてて大丈夫?と、同じ産んでない女、まだ子供を持っていない女同士としてあたしに聞いているだけだから。
「なるほどね。同じ産んでない側の女同士だからいいわけね。じゃあ私は産んでる側の女だから、このテーマについての発言には気を付けないといけないのかしら」
「別に結花があたしに気を使うことはないでしょ」
「そうよね。子供は可愛いよ。すごい可愛い。だけど、だからなんだって話ではないと思ってる。居てもいなくても、いいことも悪いことも、楽しいこともしんどいこともきっとどちらもそれなりにあるんじゃないの?って、当たり前のように私は思うけどね」と子を持つ側の女、結花は微笑む。
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