「久しぶり」彼女の第一声に、理沙も私も「久しぶり」「久々」と返す。
「といっても、覚えてないって顔だね、谷原さん」
ずばり言い当てられ一瞬バツが悪そうな顔をするも、男前の理沙はこんなところでこざかしい嘘はつかない。
「ごめん、ほんとに思い出せなくて。もはやその日一日を生き延びるために必要なことを覚えておくので精いっぱいでね」
「いいの、私ほんと地味だったから。それに比べてバド部の谷原理沙さん、テニス部の畠山結花ちゃん、バスケ部の植田真木ちゃんはちょっと別格なトリオだったでしょ。今日もお店入ってすぐ目が行ったもん」
「別格にうるさかったからじゃなくて? はい、須藤さん、これおいしいよ」
と、真木は彼女にもさっそくケーキ皿を渡すと、そのまま彼女のシャンパングラスを取りに行った。
「真木ちゃんのこういうとこ変わらないね。体育会系の女子はみんな迫力あって近寄りがたかったけど、真木ちゃんだけはいつもフランクで面倒見良くて。常盤貴子似の美人なのに、ツンツンしたとこのない優しい人だなってずっと思ってた」
「あー! そっか、そういえば真木って常盤貴子って言われてたね。思い出した。常盤さんあの頃全盛だったもんね。なんだよーアンジェリーナ・ジョリーよりいいじゃん」
真木は好感度が高いな。私は同じテニス部にさえそんなに腹を割って話せる仲良しを作れなかったのに、真木は文化系女子にまで受けがよかったのね。
「ねえ須藤さん、じゃ結花は?迫力系女子だった?」
須藤慶子のことを1ミリも思い出せないと言い切っておきながら、わずか数分で一番親しげに会話する理沙もツワモノだと思う。そしてそんなあなたが一番迫力系女子だっただろうに。
「というか結花ちゃんは、天才美少女過ぎてそもそも下々の者が気安く話しかけちゃいけない雰囲気があった。同じ校舎で同じ学年にいても、生きてる世界が違うっていうか。なんていうのかな、菩薩さまみたいな?」
ほらやっぱり。私、菩薩さまみたいって言われてたんだよ。なんだそれ。
「あははは、菩薩? 美化し過ぎだよー。話かけづらい菩薩ってないし。この人結構どす黒いものが渦巻いてたりもするよ。ほらたくさんお酒飲んで油断すると今みたいに毛穴という毛穴からそのドロドロが漏れ出ちゃってる感じ?」
「いや、そんなこと…」
理沙のひどい物言いになぜか須藤女史が慌てる。
「でもね、馬鹿じゃないから、そういうもの全部、おなかの中に押し込んで、あれやこれやの理不尽や苛立ちとも折り合いつけながら、社会生活、組織生活を営んでいるいたって常識的なアラフォー女。そういうの好感度、低くはないってあたしは思ってるんだけど」
「なんだかんだいって、結花のこと大好きなんだよね理沙は」
と、ちょうど須藤慶子のグラスをもらって戻った真木がシャンパンをつぎ、そっと彼女に差し出す。
「いいなあ、3人は変わらず仲いいんだね。大学は別だったよね? 今もしょっちゅう会ってるの?」
「いや、年単位で会わないこともザラだよ。お互いそれぞれにやらなきゃいけないことがあったり、あたしは日本にいたりいなかったり、それぞれ沈んでたり浮かんでたり半分死んでたり、会えない時は会わないし連絡もしない」
「ますますいいなあ、そういうの」
「須藤さんは今何してるの?」
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