「笑える。でもまだ“母さん”じゃなくて良かったね」
「ねえ、貫禄あるっていいこと?」
「立ち居振る舞いや言動に、安心感があるってことなら、いいんじゃない」
「私、そんなしっかりしてないんだよなあ。ついこの前も余計なこと言っちゃったし……」
「誰に、何言ったの?」
「対応策を関係者で分担して、じゃ大至急動きましょうって時に、僕はこんなに頑張ってきたのに! 頑張ってるのに!って、今ココで?的なアピールを差し込んでくる若者がいたの」
「まだ元気があって、ほとばしっちゃう系の若者ね」
「一刻も早く動かないといけない場面だったから、指示出し終えた後、彼に向って思わず、『頑張ってない人なんて、ここには誰もいないんだよ』って、つい」
「おー。それ、真木のハスキーボイスで言われると、ちょっと迫力かも」
「あの時は“そうだね、頑張ってることはわかってる”なんていう優しい肯定から入る余裕はなかったの。なにしろ状況が切羽詰まってて……」
「状況がどんなに切羽詰まってても、真木の言動が切羽詰まる必要はなくない?」
「言うねえ」
「もはや誰も言ってくれないでしょ? 40代半ばの管理職女に」
「たしかに」
「あたし達、社会人になって20年以上じゃない?良くも悪くも自分なりの経験と実績を積んできた自負がどこかにあって、それが必ずしも正解とは限らないのに、ついそこに拠ってたちがち」
「うん……」
「その立ち位置から、ちょっと青い言動をとる若手に無くてもいい言葉まで添えてしまうのは、悪意はなくても余分なことかもしれないね」
「はー。意地悪したいわけじゃないのに、悲しい……」
「そう。そしてその余分なひと言がまた、真木の“貫禄”をさらに助長させるのよ。“姉さん”」
「うわわ、やめてー!」
「そうだ、真木。この前、ネットで知った、どこかのお偉い方の言葉、教えてあげる。スマホにメモしたから」
「何? 深い名言でもあったの?」
「うん。これだ。“事業の進歩発展に最も害をなすものは、青年の過失に非ずして老人の跋扈である”です」
「う……なんか刺さる」
「でしょ。もはやあたし達も、気を付けないと“はびこる”とか“のさばる”側になりかねないってことだよ」
積み重ねて来た時間や経験は勿論大切で、実際それらに支えられ、乗り越えられたことも多くある。
でもだからといって、「これまで」を溜め込み、抱え込み過ぎると、気づけばそれらは脂肪と同じく“無くていい余分なもの”と化し、要らぬ場で思わずドロリと漏れ出てしまうのかもしれない。
そんなもので、“貫禄ある姉さん”になんて、ならなくていい。なりたくはない。
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「実はさ、あたしも最近、『お前、貫禄ある顔してんなあ』って言われたんだよね。しかも同期の男子に……」
「顔? ……それはお気の毒」
「しかもすれ違いざまにね。どう思う? なんかショックで」
「まあ、理沙はもともとハーフっぽい迫力美人だから」
「いや、そんなお褒めのニュアンスは全くなかった」
「そうなの? じゃあなんだろ、見た目から感じられる重みとか威厳……的なこと?」
「見た目の重みって、何よ? やだ、あたし重力に負けてるの?疲れて見えるとか、老けて見えるってこと?えーっ、リンパマッサージ、相当行ってるのに!」
「まあまあ、そう興奮せず」
「そういえばこの前、あたし、うちのメンバーに、ちょっとびっくりすること言われた……」
「なんて?」
「谷原さんはいつも忙しそうで、日中なかなか話しかけづらいけど、ほんとに困った時は勇気をもって相談すると絶対助けてくれる、って」
「嬉しいこと言ってくれるじゃない」
「いや、違うでしょ」
理沙が急に真顔になった。
「ほんとは困ってからじゃなくて、困る前から相談できる上司がよくない?」
あ……なるほど。そうか、そうだね。
「確かにあたしは忙しい。でもメンバーたちが勇気出さないと話しかけづらいような顔をしているんだとしたら、それが、同期男子が言うところの、あたしの威厳だの貫禄だっていうなら、そんなもの要らないよね。顔に貫禄なんて要らない」
顔に貫禄は要らない。か。理沙、名言だな、それ。