大きめの身振り手振りで懸命に説明していた私の両脇に、プレゼン中ずっと、じわじわじわじわ巨大化して染み出た汗ジミが、対面に座る参加者一同にくっきり・はっきり見えていたのかと思うと、あーもう、恥ずかしくて今でも「うわああっ」と叫びそうになる。
「で? どうしたの? 上着、脱いで帰るしかないか」
「それがそういう時に限って、インナーがいまいちなノースリだったりして、脱げないの。だからトイレの個室にこもって、トイレットペーパーでワキの汗をせっせと吸い取ろうとするんだけど、これがまたそんな簡単に乾かないんだよ……」
「うわー、それ便座に座りながらやるの? 真木が個室で一人奮闘してるその姿、想像すると笑えるー」
「汗取りインナーもワキ汗パッドも、ありとあらゆるメーカーやブランドのものを試したけど、全然足りないの。びっくりする位ビショビショになる」
「そんなに汗出るの、ワキだけ? 顔はまったく汗かかないじゃん」
「そう、ワキだけ。特に緊張する場面だと自分では制御できない。あともう一個、気になることがあるんだよねえ……」
「何?」
「ニオイ」
「自分で自分の?」
「そう。ワキ自体っていうより、汗を吸ったインナーのワキのあたりが、ちょっと時間が経って半乾きになってきた頃からムワっと強めのニオイを発するっていうのかな」
「半乾きの頃からってのが生々しいな。どういうニオイよ?」
「うまく説明できないけど、生乾きの洗濯物っぽいというか……。だから私、しばらくはインナーがちゃんと乾いてなかったせいなのかな?って思ってたの」
「それ、世に言うワキガってこと?」
「わかんない。どうなんだろう。いわゆる汗のニオイと、ワキガって何が違う? 細かい定義はよくわからないけど、とにかく独特のニオイが、私からというよりインナーからする」
「それ、いつから? 世に言う更年期といわれる年代になってはじめて、ニオイが強くなる人もいるらしいじゃない?」
「理沙、さらっとそのワードを口にするよね、すでに今日2回目の登場」
「え? 何? あたし何、言ったっけ」
「“更年期”。その単語、まだジブンゴトとしては、なじんでないの」
「閉経を迎える前後約10年のことを言うってことは、あたしたちも、そろそろ突入していても不思議はないわよね」
「うん。でも自己暗示にかからないように、その単語、口にするのちょっと控えめにしない?」
「わかった。で、話戻すけどさ、真木、元旦那とか、今までの彼氏に言われたことはなかったの? お前、ニオウなとかクサイなとか」
「ないなあ。むしろ真木の匂いが好きだとは、割と大勢に言われてきたかもしれないけど」
「うわ、よくそんなことしれーっと言えるわね。大体それ、どこの匂いよ」
「全体的に」
「あんたワキガの癖に、そういうこというと炎上するよ」
「シーッ!! 理沙、ちょっと声が大きい!」
ホームページも目立った看板も表札もない、昔から変わらず静かな住宅街を抜けた奥の奥の奥の路地裏に、ひっそりとたたずむこの店のボロッちい無骨な扉は、よほど真剣に探さない限りまず見つけられない。
にも関わらず、マスターの気さくな人柄や、常連さんもイチゲンさんも区別しない懐の深さに吸い寄せられるのか、不思議といつ来ても、そこそこの数の大人たちが、リラックスした顔でくつろいでいる。
そんな心地よい穏やかな空間に、ムダに大きな声で「ワキガ」なんて穏やかじゃない言葉を響き渡らせるのは控えてもらいたい。
■じゃない側の女番外編記事一覧
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【Vol.3】再びの独り身。気づけばお惣菜にカップラーメン、冷凍食品で生き延びる日々
【Vol.4】離婚とは、噂以上に気力体力ともに消耗するものなのですね…
■酸化に負けない側の女(Side理沙)
【Vol.1】「してもらうこと」を当たり前としない女と「してもらうこと」に恐縮しない女
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【Vol.1】仕事と育児に追われる分「それ以外のこと」を激しく欲することがある
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■ご機嫌悪くない側の女(Side結花)
【Vol.1】受験、就活、婚活、妊活。どれもゴールだと思ったものは、必ず何か次のスタート
【Vol.2】自分ひとり好き勝手に生きてりゃ、誰からも感謝なんてされるわけない虚しい人生?
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- 登場人物 -