「大丈夫? 腕。痛い?」
「大丈夫。でも油断してたから、急に石投げられるとうまく避けられないね。なんかガツンと大きめの石がおでこあたりに当たった感じ」
「酔っぱらいの言うことなんて」
「わかってる。でもあの人が言わんとしていることもわかる。いろいろ、頭ではわかってんのよね、こう見えても。その日暮らしのお気楽キリギリスじゃなくて、むしろ蟻さんばりに堅実、謙虚にあろうとして、精一杯仕事して、精一杯今の自分に出来ること考えて、自分だけが、今この瞬間が楽しけりゃいいなんて全然思ってないんだけどねえ……それはカタチでは見えないもんね」
明らかにあの酔っぱらいの暴言で、予想外に胸を痛めている理沙の姿を見ても、私は、とっさに気が利いたコトが何も言えない。今ここに真木がいたなら、今の理沙に寄り添う過不足ない言葉を言ってあげられるだろうに。私はただ黙って、理沙の腕を一緒にさすることしかできない。
「ところで結花、あのおじさんが転ぶ前、話してたこと覚えてる?」
「えっと……なんだっけ?」
「どちらかといえば、家と仕事が無くたって、夫や子供、家族を持っている人の方が、世の中の皆さまからみれば、生き方として豊かに思われがちだって、あたしが言ったの」
「ああ、そうだったわね。そんなこと話してた」
「仮にね、家や仕事が無かったとしても、それは世の中が不景気なせいだとか、就職氷河期で運が悪いだけだとか、なんていうの? その人本人の資質に拠らないところにも理由があるとか、やむをえないと思ってもらえることもあるわけ。でもね、家族を持たない、持てないってのは、その本人自身に良からぬ原因があるとされがちなわけよ、他の要因ではなく、本人自身に問題があると」
「まあ、そんな見方をする人もいるかもしれないわね」
「わりと大勢いるように思う。そんな感じの論調をここそこに見るから、いくら気にしないっていったって、ふとした時には思うわけ。それ、ほんと? あたしに何かとてつもない欠陥とか、問題があるの?って」
「心身ともに疲れてる時に陥りそうね、その負の思考スパイラル」
「だからなんだって話じゃないんだけど、中高の時、将来自分が、よもやこっち側の女になってるとは思ってなかったなあって」
「こっちって?」
「マイナー側。ああ、そこでいうメジャーとマイナーっていうのは、多数派か少数派かってことね。主流か、非主流というか。少なくとも学生時代はメジャー側にいたはずのあたしが、今はマイナー側のモデルケースよ」
「40代の未婚率2割くらいだっけ? 数で言えばたしかにマイナー側だね」
「結花、40代の5年結婚率とかいう調査があるの知ってる?」
「見たことある」
「あれ、たしか40代の5年後結婚率は限りなく0に近い確率だった気がするわけ。だけど、その恐ろしく0に近い確率は、現在2割の未婚アラフォー全員がそうってことで、つまり未婚の友達はそのまま減らないから、悲観することはないって、この前何かの記事で読んで、笑っちゃった。そこ励まされるのか、って」
「笑ってる場合でもないかもしれないけど、笑える」
「笑えるでしょ?」
「うん」
「そんなの見ると、またふと思うんだよね。あたしはどこで間違ったんだろうって。で、すぐ次の瞬間に思うの。あれ? 間違ったのかな? 今あたしがいるここは間違いなのかな、いや、そうは思ってないはずなんだけどなって……」