その理沙の呼びかけに、両手をふさがれた真木は、「はーい。マスターがさっきのお詫びにアサイーボールプレゼントしてくれるってー。あと、ブドウも食べなさいってー」と、にこやかに返事をする。どうにか落とさずにここまで無事到着してもらいたいものだ。
「ご馳走していただけるなんて、嬉しい。そういえば理沙、ブドウ好きだったわよね」
「うん、大好き。でもブドウって……まだこんなに真夏の暑さを残しているっていうのに季節はもう秋なわけか」
「そうね」
「人生を季節に例えたら、あたしたちも今まさに秋に入ったあたり……なんでしょ?」
「そうなるかな」
「結花は、あたしたちがもし今“秋”だって言われたら、どんな秋を思い浮かべる? 豊かな実り多い秋? それとも、葉っぱも落ちるうらさびしい気配漂う秋?」
「夏にも初夏、盛夏、晩夏とあるように、秋だって初秋、中秋、晩秋って、姿は変わりそうよね?」
「質問に質問で答えるのはダメ。わかりやすく答えて」
「私、秋はくりほうじ茶っていうお茶にはまるのね」
「いきなり何の話?」
「まあ聞きなさいって。とにかく、ペットボトルのくりほうじ茶にはまるのよ。ほうじ茶に国産の栗パウダーがブレンドされてるの。ノンカロリー、ノンシュガーなのに、ほんのり甘くて、なんかクセになる」
「おいしそう。あたしもそれちょっと興味あるな」
「アツアツホットで飲むのがお勧めでね、キャップ開けた瞬間に、ほわわーんと、甘い栗の香りが漂うの」
「結花は栗、好きだもんねー昔っから。学校帰り、中華街で甘栗の一番大きいサイズ買っては、一気食いしてたよね」
「よく覚えてるわね。ところで、栗って栄養ある?」
「抜群にあるよ。ビタミンCとか葉酸、亜鉛、カリウムとミネラル豊富」
「ならよかった。実は変わらず年中食べてるから。話戻すけど、ま、そういうわけで、私が思い浮かべる秋といえば、まず栗なわけ」
「要するに、結花にとっては、大好きな栗の季節。悲し気な季節ではないって言ってる?」
「うん。10月には出雲駅伝があるし、箱根の予選会もあるし、うら寂しい季節どころか、私からしたらドキドキしまくる季節よ」
「結花って、たいていのことにクールなくせに、駅伝には興奮するんだよね。何があなたのツボなのか謎」
「だからクールなんかじゃないって。エキサイトしても顔に出ないだけ」
「到着ーっ! なになにー? なんの話してたの?さっきこっち向いて気づいてくれたから、どっちかヘルプに来てくれるかなーと思ったら、二人とも話に夢中で全然こないし。あー重かった!!」
理沙の希望どおり、マスターお手製のアサイーボウルと、おいしそうなブドウまで仕入れた真木が、見るからに重そうなガラスの器をそっとテーブルの上に並べる。
「さっき、理沙と結花が酔っぱらいのおじさんに絡まれてたでしょ? アサイーボウルはマスターからそのお詫び。で、ブドウは理沙へのお礼だって。理沙、聞いたよー。マスターの奥さんの命日にお花、贈ったんでしょ? 綺麗な花束が届いて、びっくりしたし、とっても嬉しかったって」
そう、私たち3人はマスターに奥さんがいたことも、お亡くなりになっていたことも、長い間知らなかった。この店に出入りするようになって何年も経っているというのに、前回の来店時、初めて知って、相当驚いたんだった。
おそらく理沙はその時、誰よりもそのことに心を痛めたのだと思う。そして、誰に何を言うこともなく、そっと、ひとりお花を送った、と。
このアンジェリーナ・ジョリーそっくりの圧強め美女は本当に、情に厚く、唇も厚い。そして、マスターはお返しに、理沙が好きなブドウをくれたのね。二人そろって多くを語らない理沙とマスターの粋なやりとりが微笑ましい。
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