結花よ、そうはいっても、出来ればいちゃもんはつけられたくないし、訴えられたくもないんだけれど……、でもあなたの言うことはごもっともだと思う。
「ありがとう。どこかちょっと納得いかないなーって湧きあがる違和感を、ここしばらく力ずくで抑え込んでひたすら無理して耐え忍んでたら、めっちゃ活性酸素たまったみたい。あたしの体、めきめき酸化しまくった」
「オリーブオイルは、抗酸化作用あり、なんでしょ?」
「そう信じて、使いまくってる」
「酸化はダメよ。理沙の方が詳しいだろうけど、体が酸化して錆びついちゃうことを、『老化』っていうんだから。歯が黄ばんでても、多少毛がぼーぼーでもいいけど、酸化はまずいわ」
「おっしゃるとおり」
「それにしても、理沙、このオリーブオイル、ほんと美味しい! 私もいいオリーブオイル買おうかな」
「子供が出来てから、毎日使う調味料は全部有機とかオーガニック系のショップで買ってるって言わなかった?」
「さしすせそ、調味料はね。でも、オイルにはそこまで強いこだわり持ってなかったの。でも、大事よねえ。そういえば、今オイルといえば、ギーなんでしょ? 理沙に聞こうと思ってたの! 食べたことある?」
「うん。今朝もグラスフェッドギーを厚切りトーストにたっぷり塗って食べたよ」
「うわ! やっぱり理沙は知っていたか。ほんと、体にいい物キャッチするの早いわよねえ。で、どんな感じ?それこそ、デトックスや抗酸化作用による老化防止効果がスゴイって聞いたけど、味は? バターとはちょっと違う?」
……なんて、ちょっと前までの重ためテーマは何もなかったかのごとく、平和な最新オイル&ギートークをくりひろげんとする結花とあたしの視界のかたすみに、突如として、あまりに予期せぬ人の姿がよぎり、あたしは思わず「ギー」という口の形のまま、その方向を二度見した。
うっそ、そんな偶然って、あり?
あたしが激しく二度見したのとまさに同じタイミングで、次に飲む新しいワイン2本を両腕に抱えて、遠くからちょうどパタパタと駆け戻ってきた真木が、ニッコリ笑って、あたしがじっと見つめたまさにその方角、遠方に見えるひとりの女性をそっと指さして言った。
「ねえねえ、あそこの奥のソファ席にいるの、もしかして……じゃない?」
そうか。見間違いではなく、やっぱりそうか。
須藤慶子だ。
彼女とは、このバーで何十年ぶりかに偶然出会ったあの晩以来、全く連絡をとっていなかった。
というかあの日、あの晩、あたしたち3人は誰も彼女と連絡先を交換しないまま別れた。明らかに連絡をとりあうはずのない相手と、社交辞令で連絡先を交換しようとは言わないあたしたち。
そのへんは全員共通して、さっぱりしている。
そしてそのまま時は過ぎ。今日に至る。
久しぶりだな、須藤女史。相変わらず、ちょっぴりもっさりめの恰好の須藤女史。
こんな遠目で見てもわかるような、とろけるチーズばりにとろけそうな笑顔で、目の前の旦那らしき男性をうっとり見つめながら、幸せそうに次々ピザを口に運んでいる彼女の姿は、なんだか微笑ましく、思わずクスッとしてしまう。幸せにやってるんだ、よかった。
須藤さん、ピザ、たくさん食べてゆっくりしてってよね。あたしの店じゃないけど。
そのマルゲリータも間違いないけど、ゴルゴンゾーラと蜂蜜のピザは、もっと抜群に美味しいよ。
(小説・じゃない側の女 番外編〜酸化に負けない側の女(Side理沙)完)
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