そう言うと、真木はさっそく新しいグラスを3つ並べ、それぞれのグラスに新しいシャンパンを注ぎ、一粒ずつ丁寧に浮かべてくれる。理沙は一番にそのグラスを受け取ると、美味しそうにコクリと一口飲んで真木に言った。
「秋も悪くないか、って話をしてたの」
「秋?」
「うん。まだまだ楽しいよって」
「なんかよくわからないけど、楽しみがあるってことはいいことだね」
「真木、だからひからびてる場合じゃないよ」
「もー理沙、今日それ何回目? だから、私のどこがひからびてるっていうのよ」
「だって真木、今日、カップ付インナーでしょ?」
「へ?」
「見ればわかる。あたし、この業界長いので、人のいでたち見れば、どんなインナーかアンダーつけてるかくらい、割とわかっちゃう。多分須藤さんもそうだった」
「ほんとに? わかるの? げー、こわーい!」
「こわーいじゃなくて、どう?真木、今日ブラしてないよね? カップ付のタンクトップあたりじゃない?」
「はい、そうです」
「あたし今日言ったわよね。加齢、ストレス、過労。そこに怠惰と怠慢をダダ漏れ状態で上乗せするのだけはやめてみたら?って」
「……うん。言われた」
「もはや男の前で服を脱ぐこともないとなれば、ひたすら楽チンがいい」
「……うん」
「もうどれくらいちゃんとしたブラしてないの? 正直ベースで言ってみて」
「えー、離婚してからほぼずっと……かな。だから1年半以上基本的に毎日……これです」
「だめじゃないよ。カップ付インナーとかタンクトップって、だめじゃないし、締め付けないよさもあるし、あたしも好きだし使う。特に生理中なんかで胸がはる時は楽だったりする。だけどね真木、“手抜きの延長”で、年柄年中ずーっとそればっかりってなると……」
「垂れる? そげる?」
「ということよりも、その緊張感の無さが、女としての魅力を確実に減らす気がする。だから、真木にも、たまには素敵なブラをつけてほしい」
「うわ、理沙にソフトに言われると一層刺さるわ。あー、そういう意味では……おっしゃる通り、私、ひからびてました。すみません」真木が理沙にぺこりと頭をさげる。
「そのカップ付インナーの中で、よもや乳首にチロンと毛が一本処理されず、たなびいていようものならもはや末期だからね」
「え!?……どうだろう。全然気にしないからな、もう久しく」
「頼むよ、今日帰ってお風呂はいったらチェックしてみなさいって」
「わかりました」
「わかったって、今言ったね? 結花、議事録とっておいて。今度会った時、真木のカップ付インナーオンリー生活が続いてたら、どつくから」
「大丈夫だよ、反省したから。明日にでもさっそく新しいブラ買いにいくってば」
「ほんとにそうしなさいよ。今、痛くないノンワイヤーでもバストしっかり持ちあげて、自分でもびっくりするくらい胸、ふっくらになるから。ね? あれ? 結花、なんか言いたげな顔してる?」
「え? ああ、うん。そうかー、真木ってそうなんだーって。びっくりしたなあ……」
「ん? 何が?」
「いや、私は逆に、年々下着にだけはお金かけてるっていうか。バストアップのエクササイズとかマッサージなんてやったり、通ったりする余裕ないから、せめてブラだけは正しいものを毎日つけておこうと思って、もうずっとセミオーダーのブラしかつけないの。なのに、真木はカップ付タンクトップで毎日って……驚き」
キョトンとする真木に、私の言葉を理沙が理沙流に通訳する。
「年々重力に耐えられなくなる年齢なのに、あなた本気で毎日ろくにブラつけずに、会社行ってるの? それで仕事してるの? アラフォー小学生なの?ってことよね?」
「えー、結花、そうなの? セミオーダーのブラ?え? まさか、理沙も?」
「あたしはフルオーダー。もともと日本の既製品のサイズがいまいちあわなかったのよね。オーダーは一度カルテ作っちゃえば楽だし、やっぱり歳とともに自分の身体が変化してるって事にも気づきやすいのよね。少なくとも年一は採寸し直してカルテをアップデートするから、あ、変わったってすぐわかる」
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