「ん? ああ、聞いてる、聞いてる。まあ結花くらいのイイ女は『チョロッと』はみ出してるくらい、ご愛嬌だとは思うけど」
「『チョロッと』じゃ済まないもの」
「それはダメ」
「理沙はそういうオフショルの服で背中見せても、本当に綺麗よね。20代が背中見せてニキビだらけとか、多少、毛が渦巻いてたりしても、若さで大抵許されるけど、アラフォーの汚い背中は放送事故って言われるでしょう?」
「あたしは仕事柄、背中が出る服も着るから、多少気にするけど、普通は見もしないんだろうね」
「背中気にしたのなんて、ウェディングドレス着る時が最後だったわ。ブライダルエステ通って、シェービングしてもらって。もうここ何年と、どうなっちゃってるかわからない。昔焼いた跡とか、ニキビ跡も今や全部シミになって、すごいことになってるんでしょうね……」
背中もそうだが、指毛とか、ひざ下の毛とか。通勤中、美人のストッキングの中で、剛毛が数本処理されずに泳いでるの見ると、あーこの人惜しい!と、余計なお世話ながらちょっと思ってしまうあたしがいる。
「あと鼻の入り口の毛とか、鼻の下のうぶ毛とか、日常、気を抜けない毛っていろいろあるわよね」
「結花は気を抜かないでね。イメージ損なうから」
「理沙みたいに元々毛がないツルツル女子にはわからない大変さがあるのよ」
アハハと笑いあいながら、今日、この店に来てから、あたしたち、ひたすら「汗」と「ニオイ」と「毛」の話で盛り上がっていることに気付く。
でも案外そこ、そう日常のそんな小さなあたりまえ、普段のささいなあれこれたちが、実のところ、人生の、女のキラキラ度に直結する一番大事なあれこれたち、なのかもしれない。
美味しい物を飲んで食べて、そんなささいな、なんてことない、他愛ないあれこれを延々話しながら、延々ケラケラ笑ってる。
高速の日常。
元々会社組織における「昇格」とか「昇進」なんて全く興味がなく、ましてや管理職になんてなりたくなかったけれど、成り行き上、行きがかり上、プレイングでもマネジャーにならざるを得なかったあたしには、部下を持つ立場での会社生活は、あまりに心身ともにシビア過ぎるのか、無意識のうちにも自分が思っている以上にムリして力んでしまっている気がする。
そのガッチガチに固まった脳みそや、寝ている間中、食いしばっていたと思われるあごのあたりの力みが、真木と結花とひたすら呑気な話をして、ただただ笑って過ごすこのゆるーい時間で、久々にゆっくりとじんわり、ほぐれはじめているのが自分でもわかる。
限界以上にムリし過ぎる時間が続き過ぎて、もういいよ、もう少し抜いてイイんだよと自分で自分にいくら言っても、もはや力の抜き方がわからなくなってしまっているあたしにとって、この二人といる時間は、何も考えず無邪気に屈託なく笑い、安心して脱力できる貴重な時間だ。
本当なら、一日の大半を過ごす職場でもこれくらいリラックスしてほがらかでおおらかな自分でいられる方がいいのだろうけど、なかなかどうして、ピリッとしてしまうことが山積みで……。
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【Vol.1】受験、就活、婚活、妊活。どれもゴールだと思ったものは、必ず何か次のスタート
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