「うん、それはその通りだと思う」
「だけどそういう話とは別次元で、もしその女子が私の部下だったら、私でもイラッとするとは思う。女性活躍推進って話と、だからなんでもかんでも無茶ぶりや、わがままをいつなんどきも聞いてくれて『当然でしょ』っていうのは、話が違うわ」
「子供がいる結花がそう言うのはいいけど、あたしが言うと、ちょっと違って聞こえかねないから、公に言いづらいんだよな……」
「子供がいない女のヒガミだとか言われかねないってこと? 理沙の周りは、そんなこと言いそうな、頭悪い女ばかりなの?」
「いや、そういうわけじゃないけど……なんとなく、勝手にそう思ってるだけ……かな」
「そうだと思うよ。勝手に理沙が思い込んでいるだけで、もっとまっとうな人が大半なんじゃないの? それこそ理沙の要らぬ萎縮と遠慮でしょ。やめた方がいいわ、そういうネガティブ妄想は。非建設的」
「あたし今、怒られてる?」
「怒ってない、叱ってるの。その彼女が私の後輩だったら言っちゃうと思うわ。誰であっても、自分のために尽力してくれた人に感謝ひとつできないっていうのは人としてどうかな、ってね」
そう言って、ぐいっとシャンパンを飲み干す結花に叱られながらも、あたしはなおつぶやく。
「同じ女でも、あたしは妊娠とか出産を経験してない。知らない。大体、流産と早産の違いも正しく知らなかったくらいで。そんなあたしには、彼女の心中を正しく察することが出来ないんじゃないかって思うとつい……」
「腰が引けたとか? だから、失礼なこと言われても、よくわからないLINE大量に送られてきても、ひたすら黙って彼女の意志を尊重すべきだと自分に言い聞かせてたの? なんかそこ突然バカっぽいっていうか、理沙らしくないっていうか、気持ち悪いのよね」
「は? 気持ち悪いって何?」
「だからなんで妊娠・出産だけ特別扱いするのよ。病気の療養につとめている人とか、親の介護している人とか、自分が経験、体験したことない大変な状況にある人なんて、もっと他にもたくさんいるでしょう? 今、理沙の身近にいなくても、世の中には大勢いるのよ。妊娠・出産に限らず、悲しい、とても残念なことが起きてしまうことだってあるの」
「ああ……うん」
突如、熱く力説しはじめる結花に、ちょっとおののく。
「そんな時ね、察しても察しても、その辛い状況、大変な状態に置かれている自分じゃない人の心中を完全に理解するなんていうのはどのみちムリで、推測の域を出ないわけ」
「そうだよね」
「それでもわからないなりに、いや、わからないことを前提に、だからこそ想像力を働かせて、まっすぐ思いやることに意味があって、出来るところまでの配慮をして、自分にできるサポートをしっかりやりきれば、それでいいんじゃないの? それこそ制度の見直しや新設が必要なら、会社組織での理沙の役目としてはそちらに尽力すればいいんであって、個々の事情や言動にびくついて、過度に丁重な対応を自分個人に強いる必要はないんじゃないの? そんなことしてたら、身がもたないでしょ」
結花のキツメの説教は、それが正しいとか正しくないとかいう以前に、ここしばらくあたしが抱えていた鬱屈とした何とも言えない灰色のもやもやを、何言っちゃってるの!と言わんばかりに、勢いよくパーンとはたいて晴らしてくれるようだった。
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