さらりと返す真木の一言に、須藤さんがあからさまにギョッとして目を見開き、とっさに漏れ出る驚きの声を止めるかのごとく、両手で口をおさえた。が、そんな須藤さんの様子など一向に意に介さず、真木と理沙は続ける。
「そうなの? じゃ、またなるんじゃない?」
「それはない。なんていうのかな……もう私たち、残念ながら男のずるさって見抜けちゃうじゃない?」
「見抜けちゃうよねえ」と理沙が深々とうなずき、すぐ横で思わず私も深々と二度うなづく。須藤さんだけが両手で口をおさえた状態のままキョトンとした顔で私たち3人の顔を見まわし、小首をかしげた。
「その先輩も同級生も、名刺に書かれたお二人の会社名はいずれも超一流企業。かたや部長、かたや課長。先輩は東京湾が一望できる豊洲のタワマン上層階にお住まいで、同級生は品川のこれまたタワマン上層階」
「お二人とも賃貸じゃなくて、分譲?」
「うん、二人ともね。新築でご購入。どちらもコンシェルジュ付きマンションだそうです」
「やるねー。ほんとにああいうとこに住んでる人の給料明細見てみたいわ。須藤さんわかる? 管理人さんじゃないのよ、コンシェルジュ付きタワマンね」
理沙の問いかけに目をぱちくりさせて、これ以上曲がらないというくらいに首をかしげる須藤さんに微笑みながら、真木は続ける。
「どちらのご家庭にもお子さんがいて、パートづとめしている奥様がいる。はたから見れば絵に描いたような幸せなファミリーライフを送っていると思われるわけ」
「なるほどね。で、その成功者たちは、真木と飲みに行って、何話すの?」
「最初は、今自分の仕事がどれだけ忙しくて、責任範囲が大きいかをまずひとしきり語るでしょ。その時抱えてるプロジェクトの規模とか案件の苦労話、それが全社で何分の1の売り上げを占めるかとか、これから先何年にわたるとか。で、次に最近ゴルフのスコアがどれくらいすごいか語るでしょ。それから子供の話。大体その流れだね、二人とも」
「想像つくわー」
「で、お酒が進むと、ちょっとだけ大学時代の思い出話したり、当時の仲間の話になって、さらにお酒が進むと、徐々にお悩みコーナーになる」
「真木の?」
「いや、男性陣の」
「例えば?」
「人さまのお悩み、話していいのかなあ……」
「どこの誰だか知らないし聞きもしないから、問題ないわよ」
「例えば、一人は、若くして相当いいポジションに着いたんだけど、あまりに早く出世しちゃったから、本人曰く、ちょっとミスをするとそれ見たことか!と、よその部長たちから一斉に重箱の隅をつつくようなすさまじい攻撃を受けて、それが辛くて怖くて、ついには連日夢にも出てきて全然眠れないんだって」
「眠れないのは危ないね。男性の嫉妬ってやつは女よりすごいっていうけど、実際そうなのかなあ。あたしはずっと女多めの職場でよくわからないけど……」
「部下も年上ばかりで、全く指示を聞いてくれなくて、土日に出社して自分ひとりで役員報告書を作る日々。でもそんな状況を嫁に言っても仕方ないから、多くを語らず、黙々と毎週土日会社に行って仕事すると、嫁は旦那の不在にご立腹で、よその家のパパたちと比べてあなたは冷たい、子育てにも協力しないひどい父親だとののしられ、本当に俺、病みそうだって」
「そんなだと奥さんのお相手も出来る状態にないんじゃない? それって奥さんの不機嫌を一層加速させる悪循環だよね」
「まさにそう言ってた。深夜ヨレヨレになって家に着いて、そーっとベッド入ると、待ち構えていたかのように奥さんもそーっと背後から腰に手を回してくるんだって。だけど疲労し過ぎて体が鉛のように重くてどうにも無理で、無視するつもりなくても無視しちゃって、結果恐ろしく険悪な雰囲気が塗り重なるって。だから彼はもうベッドで寝るのやめて、毎日リビングのソファで寝ることにしたらしい。わずか3~4時間の睡眠時間は死守したいからって」
「憧れのタワマン高層階にも、ドラマはあるのねえ。そんな状態の時に、まだ何者でもない学生の頃の自分も知っていて、会社組織での立場や仕事の重圧もある程度、同じ組織人として理解してもらえて、目下利害関係が何もない真木の存在は、ほんとちょうどいいというか、言葉悪いけど、話聞いてもらうのに実に都合のいい相手なんでしょうね。それはわかるわ。しかも美人なら、目の保養にもなるし、男にとったらイイことずくめよね」
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- 登場人物 -