「なんだかごめんなさいね、楽しく飲んでいらっしゃるところに、私が暗いお話を持ち込んじゃったみたいで」
「いえいえ、気にしないでください。この人、まじめなんで、いつもこういうこと考えてるんです。顔は涼し気なおすまし美人ですけど、中身は誰より熱い男前の人なんで。ちなみに、彼女は既婚者で、2人の子持ちのキャリアママです」
理沙はそうマダムに私の紹介をしながら、ケラケラとまた楽しそうに笑った。
「うちの子にも、あなた方のように何でも話せる仲良しのお友達がいるといいのだけど」
「友達より、恋人の方がいいんじゃないですか? お 父さん的には」
「本当に重ね重ね、先ほどはごめんなさいね、あの人、悪い人じゃないんですけど物言いが……」
「大丈夫です。ご本人に代わって謝りに来てくださる、こんな優しい奥様に大事にされている殿方なら、悪い人じゃないんだろうと思います」
「ありがとう。なんだか逆に励まされますね、こんな美人さんたちに嬉しいことを言っていただけると。では、わたくし、そろそろ主人を起こして帰りますね。明日はまた朝から大さん橋に連れていく予定なので」
「もしかして船、ですか?」
「ええ。明日は横浜にパナマだったかしら? どこかの大型客船が初入港するんですって。青い空と青い海をバックに優雅な客船を見せて、主人に少しでもスカッとしてもらえたらと思って」
「ほんとに、いい奥様ですね。そうだ、いつかお二人で船旅を楽しまれたらいいのに。実はあたし、仕事辞めたら絶対クルーズ船に乗る!って決めてるんです。それまでにはご一緒する相手見つけないと、なんですけどね」
「見つかりますよ、あなたがそんな方と出会いたいと思っているならば、その通りの方に」
マダムは優しく理沙の肩に手をおいて、にっこり微笑んだ。
「ありがとうございます。あの……、もし明日、お父さんが青い空と青い海と素敵な客船を見て、ご機嫌麗しくなられたら、その時でいいので、お伝えいただけますか」
「何でしょう? お伝えしますよ、なんでもね」
「あたし、自分一人でこの先ずっと生きていけるなんて思ってはないんです。今までもそうでしたけれど、誰かと笑いあって励ましあって助けあって人は生きていると思いますし、これからもそうなんだと思いますし、そうありたいと願っています」
「ええ、そうですね」
「だからこそ、心身の健康にしても経済力にしても、しっかり一人で立てるように、今の自分に出来る最善のことはしておきたいと思っています。それはこの先、あたしが誰かを支え、助けたいと思った時にそれが出来る人でありたいと思うからでもあります」
「ええ」
「自分ひとり好き勝手に生きてりゃそれでよし、愉快愉快!とは思ってないです。お父さんが言う通り、命をつないだ子供から感謝してもらえるほどの何かを、今からの人生の中で自分に出来るのかはわかりません。でも、それを嘆いて寂しがって日々生きる方が、私には寂しく虚しく思えるんです」
「ええ」
「だから今、自分が置かれている環境と、今自分の周りに、縁あって繋がっている人たちとの日常を大事にして、その中で自分に産み出せる何かを、自分なりに、小さくてもひとつでも育てていけたらとは思っています」
「はい、よくわかりました。明日、主人の機嫌が直ろうが直るまいが、今あなたからお聞きしたお気持ちは、私が主人に伝えます」
「ありがとうございます。何言ってるんだ!ってまた苦笑されるかもしれませんが、よろしくお願いします」
「うちの娘もそんな風に、あの人に真っすぐ思うところを伝えてくれれば、親子ですもの、もっとわかりあえることも多いでしょうにね。娘を一人思って、寂しがってるだけなんて、あの人だめですよね……」
「きっと、今お父さんが寂しいのは、それだけ幸せだった証拠じゃないですかね。素敵なご家族なんだろうな、と思います」
「あなたたちは、本当にどこまでも嬉しい優しいことを言ってくれますね。ありがとう、お話しできてよかったわ」
「私たちこそ」
そして、マダムはここにいらした時以上の笑顔で、何度も振り返ってはこちらに小さく品よく手をふりながら、旦那さんの元に帰っていった。
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- 登場人物 -